2012年12月19日

『すべて真夜中の恋人たち』(☆☆☆:小説おすすめ度)

『すべて真夜中の恋人たち』は恋愛の究極を投げかける、川上未映子の長編小説。

<あらすじ>
入江冬子、34歳はフリー校閲者。人づきあいが苦手で孤独を当たり前のように生きてきた彼女の唯一といっていい趣味は、誕生日に真夜中のまちを散歩すること。友人といえるのは、仕事でつきあいのある大手出版社社員で校閲局勤務の石川聖。ふたりの共通点は、おない年で出身県が一緒であること。ただ、それだけ。冬子は、ある日カルチャーセンターで初老の男性と知り合う。高校の物理教師という、その男性の「今度は、光の話をしましょう」という言葉に惹かれ、冬子は彼がときを過ごす喫茶店へ向かうようになる。少しずつ、少しずつ、ふたりの距離は縮まってゆくかにみえた。彼に触れたいという思いが高まる冬子には、高校時代に刻みつけられたある身体の記憶があった。

<感想>
この小説は、何度も何度も読み返すような、じっくりと読むことをおすすめします。ただ、登場人物達の会話や話の流れを辿るだけだと、この小説は何も起こらないというか、単調で陳腐なものだという感想だけが残ってしまうだけだと思います。ですが、「わたし」が一人称で語る世界を(この小説を読む人が)時間を掛けて読み解こうとしてみると、徐々にじわじわと登場人物の“思い”が滲み出てくるような、「わたし」が語っていない部分の見えないものが浮かび上がってくるように思います。この本を読みながら、見えないもの・語られないものをかみしめて、「これは自分も感じたことのあるものだ。これは誰かの物語だけども確かに自分の物語だ」と、ささやかながらの優しい力をもらえました。

〜『すべて真夜中の恋人たち』、川上未映子〜
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2010年01月16日

川上未映子

川上未映子

川上未映子(かわかみみえこ、1976年8月29日 - 、本名:岡本三枝子(おかもとみえこ)、旧姓:川上(かわかみ))は、日本のミュージシャン、女優、文筆家、小説家、詩人。自称、文筆歌手。音楽活動時は未映子(みえこ)名義も使用する。

大阪府大阪市の京橋に生まれる。大阪市立すみれ小学校、大阪市立菫中学校、大阪市立工芸高等学校卒業。日本大学通信教育部文理学部哲学科に在籍。
2002年、ビクターエンタテインメントより川上三枝子名義でデビュー、アルバム『うちにかえろう〜Free Flowers〜』を発表。その後、「未映子」と改名し音楽活動を行う。2004年にアルバム『夢みる機械』を発表。2005年にセルフプロデュースアルバム『頭の中と世界の結婚』を発売。同年に文芸雑誌『ユリイカ』に自ら売り込みをかけ、詩が掲載される。2006年に所属レコード会社の担当者(当時)と結婚。『WB』vol.07に「感じる専門家採用試験」を発表。
2007年第1回剣玉基金を受けて「わたくし率 イン 歯ー、または世界」を『早稲田文学0』に発表。同作で第137回芥川賞候補作となり注目を集める。同年第1回早稲田大学坪内逍遥賞奨励賞受賞、単行本『わたくし率 イン 歯ー、または世界』で第29回野間文芸新人賞候補・第24回織田作之助賞候補となる。
2008年、「乳と卵(ちちとらん)」で第138回芥川龍之介賞を受賞。受賞の際の感想の言葉は「めさんこ、うれしい」、「めっちゃ、うれしい」。母への連絡の言葉は「お母さん、芥川賞取ったでぇ。ほんま。ありがとぉ」。3月、特定非営利活動法人「わたくし、つまりNobody」より第1回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。
10月、MFUが主催する、ベストデビュタント賞2008を受賞。11月、ヴォーグ・ジャパンが主催する、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2008を受賞。
2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞を受賞。
2010年、映画『パンドラの匣』でキネマ旬報新人女優賞を受賞。

関西弁を用いたリズムある文体が特徴で、自我をテーマとした作品が多い。永井均に影響を受けたと語っている。
小説や詩の文章が音楽的だといわれることがよくあるようだが、本人は「そうではないと思う。音楽という、文学とは違う現場の無意識を持ち込んでいる部分はあると思うけど」と語っている。
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2009年07月19日

『わたくし率イン歯ー、または世界』(☆☆☆☆:小説おすすめ度)

2007年第1回剣玉基金を受けて「わたくし率 イン 歯ー、または世界」を『早稲田文学0』に発表。同作で第137回芥川賞候補作となり注目を集める。同年第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。大賞は村上春樹。単行本『わたくし率 イン 歯ー、または世界』で第29回野間文芸新人賞候補・第24回織田作之助賞候補となる。

<あらすじ>
歯科助手として働く語り手が、わたしとは奥歯であるという信念(というほどでもないが)のもと、青木なる恋人にせっせと恋文を書いたり、未来の子供に「お母さんは」と言って手紙を書いたりしながら、大阪弁の地の文で怒涛の展開を見せる。

<感想>
言葉のスピード感は面白いものがありました。特に喧嘩したら、奥歯(つまり「わたくし」)を見せ合って、それで仲直りするという約束というか物語を作る、というモチーフをもっと掘り下げていければ面白かったように思います。残念なことに、小説は語り手の青木に対する思いが一方的な妄想であり、それが青木ととくにその恋人の強烈なミナミ訛りの大阪弁によって暴露されていくという展開をとっています。小説の主題は、そこでいじめとその苦痛というテーマになり、語り手は幼少期からずっといじめられ(歯科医院でもいじめられている)、中学で青木に『雪国』の「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」には主語がないという言葉に感動して、苦痛を超越した主体のない(「わたしく率ゼロの」)境地を目指すことを気づくのですが、奥歯が「わたし」だというのも、語り手は虫歯になったことがなく、歯痛というものを経験したことがないので、唯一苦痛を感じない奥歯を「わたし」とし、そこに苦痛を集めることで、苦痛を耐え忍ぶためだったのです。この苦痛を集めた奥歯は抜かれます。小説はこうして西田幾多郎的純粋経験の世界を志向して終わってしまいます。このエンディングはある意味ネタばれしていて、この小説の言葉の力を縮減していますが、さらに最後にでてくる「無歯症」(永久歯が生えない病気)かもしれない子供のエピソードが、「わたし」の欠如した、つまりは痛みを感じる主体を書いた世代の登場を微妙に予言しているようで、この純粋経験への言及を相対化しているようにも見えます。つまり「わたくし率ゼロ」で奥歯のない存在が、この作者によって肯定されているのか否定されているのかは宙づりになっているのでしょう。川上未映子は本当に興味深い作家です。もうすこし思想的な深化をみせ、モチーフを丁寧に展開する技量をみがけば、彼女のもっている言葉の力は充実した作品となって結実するように思われます。いずれにしても新しい日本文学の曙光を感じさせる作家です。

〜『わたくし率イン歯ー、または世界』、川上未映子〜
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2009年07月06日

『乳と卵』(☆☆☆☆:小説おすすめ度)

「乳と卵(ちちとらん)」は川上未映子の第138回芥川賞受賞作品です。

<あらすじ>
姉とその娘が大阪からやってきた。39際の姉は豊胸手術を目論んでいる。姪は言葉を発しない。そして3人の不可思議な夏の3日間が過ぎてゆく。

<感想>
最適な量の関西弁を交えた口語調の文体が巧みで、読んでいると頭の中によく響きます。しかもページ数自体が少ないので、1週間もあれば読めてしまいます。前作「わたくし率 イン 歯ー、または世界」の演出された狂気に比べると、ユーモア度というかペーソス度というか、そこいら辺のパラメータを上げて、より一般の理解を得られる作品にチューニングされています。全体的なトーンとしては、ユルイけど悲しいみたいな感じです。「乳と卵」って意味深なタイトルが、母の豊胸への想いと、娘の初潮に対する恐れと嫌悪っていうベタな意味合いであるってあたりのユーモアが作品を象徴しています。母親の饒舌と娘の沈黙ってふたつの文体が、女って生き物にあらかじめ規程されたやるせなさ、哀れさをうまくあらわにしていて秀逸でした。

〜『乳と卵』、川上未映子〜
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