2009年12月18日

芥川龍之介

芥川龍之介

芥川 龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892年(明治25年)3月1日 - 1927年(昭和2年)7月24日)は、日本の小説家。号は澄江堂主人、俳号は我鬼を用いた。
その作品の多くは短編で、「芋粥」「藪の中」「地獄変」「歯車」など、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』などの古典から題材をとったものが多い。「蜘蛛の糸」「杜子春」など、童話も書いた。

東京市京橋区入船町8丁目に牛乳屋を営む新原敏三、フクの長男として生まれる。姉が2人おり、長姉は3姉弟の中で頭が賢かったと言われているが、龍之介が生まれる1年前に6歳で病死している。
生後7ヵ月後頃に母が発狂した(発狂は長女の急死が原因であったとの推測されることがある)ため、東京市本所区小泉町にある母の実家 芥川家に預けられ伯母フキに養育される。11歳の時に母が亡くなり、翌年叔父の芥川道章(フクの実兄)の養子となり芥川姓を名乗ることになった。旧家の士族芥川家は江戸時代、代々徳川家に仕え雑用、茶の湯を担当したお数寄屋坊主の家である。家中が芸術・演芸を愛好し江戸の文人的趣味が残っていた。
なお、龍之介の名前は、彼が辰年・辰月・辰日・辰の刻に生まれたことに由来すると言われているが、誕生日の1892年(明治25年)3月1日は干支暦では壬辰年壬寅月壬辰日に当たる。出生時刻については資料がないため不明。戸籍上の正しい名前は「龍之介」であるが、養家芥川家や府立三中、一高、東京大学関係の名簿類では「龍之助」になっている。彼自身は「龍之助」表記を嫌った。
1898年(明治31年)、江東尋常小学校入学。府立第三中学校を卒業の際「多年成績優等者」の賞状を受け、第一高等学校第一部乙類に入学。1910年(明治43年)に中学の成績優秀者は無試験入学が許可される制度が施行され、龍之介はその選に入る。同期入学に久米正雄、松岡讓、佐野文夫、菊池寛、井川恭(後の恒藤恭)、土屋文明らがいた。二年生になり一高の全寮主義のため寄宿寮に入るが、龍之介は順応することはなかったらしい。寮で同室となった井川は生涯の親友となる。1913年(大正2年)、東京帝国大学文科大学英文学科へ進学。ちなみに当時、同学科は一学年数人のみしか合格者を出さない難関であった。
1919年(大正8年)の集合写真。左から2番目が芥川龍之介、一番左は菊池寛。東京帝大在学中の1914年(大正3年)2月に一高同期の菊池寛・久米正雄らと共に同人誌『新思潮』(第3次)を刊行。まず「柳川隆之助」(隆之介と書かれている当時の書籍も存在する)の筆名でアナトール・フランスの「バルタザアル」、イエーツの「春の心臓」の和訳を寄稿した後、10月に『新思潮』が廃刊に至るまでに同誌上に処女小説「老年」を発表。作家活動の始まりとなった。1915年(大正4年)10月、代表作の1つとなる「羅生門」を「芥川龍之介」名で『帝国文学』に発表、級友鈴木三重吉の紹介で夏目漱石門下に入る。1916年(大正5年)には第4次『新思潮』(メンバーは第3次とほぼ同じ)を発刊したが、その創刊号に掲載した「鼻」が漱石に絶賛される。この年に東京帝国大学文科大学英文学科を20人中2番の成績で卒業。卒論は「ウィリアム・モリス研究」。同年12月より海軍機関学校の嘱託教官(担当は英語)として教鞭を執るかたわら創作に励み、翌年5月には初の短編集『羅生門』を刊行する。その後も短編作品を次々に発表し、11月には早くも第二短編集『煙草と悪魔』を発刊している。
1918年(大正7年)3月、教職を辞して大阪毎日新聞社に入社(新聞への寄稿が仕事で出社の義務はない)、創作に専念する。ちなみに師の漱石も1907年、同じように朝日新聞社に入社している。
1919年(大正8年)3月12日、友人の山本喜誉司の姉の娘である塚本文と結婚。1921年(大正10年)2月、大阪毎日海外視察員として中国を訪れ、北京を訪れた折には胡適に会っている。胡適と検閲の問題などについて語り合いなどを行い、7月帰国。「上海遊記」以下の紀行文を著した。この旅行後から次第に心身衰え始め、神経衰弱、腸カタルなどを病む。1923年(大正12年)には湯河原町へ湯治に赴いている。作品数は減ってゆくが、この頃からいわゆる「保吉もの」など私小説的な傾向の作品が現れ、この流れは晩年の「歯車」「河童」などへと繋がっていく。
1920年(大正9年)3月30日、長男芥川比呂志、誕生。
1922年(大正11年)11月8日、次男芥川多加志、誕生。
1925年(大正14年)7月12日、三男芥川也寸志、誕生。
1925年頃から文化学院文学部講師に就任。1926年(大正15年)、胃潰瘍・神経衰弱・不眠症が高じ再び湯河原で療養。一方、妻・文は自身の弟・塚本八洲、療養のため鵠沼の実家別荘に移住。2月22日、龍之介も鵠沼の旅館東屋に滞在して妻子を呼び寄せる。7月20日には東屋の貸別荘「イ-4号」を借り、妻・文、三男・也寸志と住む。夏休みに入り、比呂志、多加志も来る。7月下旬、親友の画家小穴隆一も隣接する「イ-2号」を借りて住む。この間、小品『家を借りてから』『鵠沼雑記』、さらに『點鬼簿』を脱稿、堀辰雄、宇野浩二、小沢碧童らの訪問を受ける。また、鵠沼の開業医、富士山(ふじ たかし)に通院する。9月20日、龍之介、文、也寸志は「イ-4号」の西側にあった「柴さんの二階家」を年末まで借りて移る。ここで鵠沼を舞台にした小品『悠々荘』を脱稿。これは、震災前岸田劉生が住み、震災後建て直されて国木田虎雄(国木田独歩の息子で詩人)が借りていた貸別荘を視察したときの経験がヒントのようで、龍之介一家が鵠沼に永住する意図があったとも考えられる。また、この間、斎藤茂吉・土屋文明・恒藤恭・川端康成・菊池寛らの訪問を受けている。年号が昭和に替わってから、妻子は田端に戻り、龍之介は「イ-4号」に戻った。甥の葛巻義敏と鎌倉で年越しをしてから田端に戻るが、鵠沼の家は4月まで借りており、時折訪れている。
1927年(昭和2年)1月、義兄の西川豊が放火の嫌疑をかけられて鉄道自殺する。このため芥川は、西川の遺した借金や家族の面倒を見なければならなかった。4月より「文芸的な、余りに文芸的な」で谷崎潤一郎と「物語の面白さ」を主張する谷崎に対して、「物語の面白さ」が小説の質を決めないと反論し、戦後の物語批判的な文壇のメインストリームを予想する文学史上有名な論争を繰り広げる。この中で芥川は、「話らしい話の無い」純粋な小説の名手として志賀直哉を称揚した。
7月24日未明、「続西方の人」を書き上げた後、致死量の睡眠薬を飲んで自殺した。服用した薬には異説があり、例えば、山崎光夫は、芥川の主治医だった下島勲の日記などから青酸カリによる服毒自殺説を主張している。同日朝、文夫人が「お父さん、良かったですね」と彼に語りかけたという話もある。戒名は懿文院龍之介日崇居士。

作品は、多く短篇小説が知られている。しかし初期の作品には、西洋の文学を和訳したものも存在する(「バルタザアル」など)。英文科を出た芥川は、その文章構成の仕方も英文学的であるといわれている。
主に短編小説を書き、多くの傑作を残した。しかし、その一方で長編を物にすることはできなかった(未完小説として「邪宗門」「路上」がある)。また、生活と芸術は相反するものだと考え、生活と芸術を切り離すという理想のもとに作品を執筆したと言われる。晩年には志賀直哉の「話らしい話のない」心境小説を肯定し、それまでのストーリー性のある自己の文学を完全否定する(その際の作品に「蜃気楼」が挙げられる)。
「杜子春」など古典を参考にしたものや(原話は唐の小説『杜子春伝』)、鈴木三重吉が創刊した『赤い鳥』に発表されたものなど児童向け作品も多い。一般的には、キリシタン物や平安朝を舞台とした王朝物などに分類される。また、古典(説話文学)から構想を得た作品も多い。例えば、「羅生門」や「鼻」、「芋粥」などは『今昔物語集』を、「地獄変」などは『宇治拾遺物語』を題材としている。またアフォリズムの制作も得意としており、漢文などにも通じていた。
左翼、反軍的な自説を主張しており、実際にそのような作品も多数発表している。軍人の階級争いを「幼稚園児のお遊戯みたいだ」と自著で酷評したほどである。だが、当時は軍が著作物の検閲をするのが通常であったため、この検閲によって訂正・加筆・削除を余儀なくせざるをえなかった箇所も作品内にて多数存在する。その一方で、海軍に対してはある程度の好意を抱いていたようで、陸軍のあまりの狭量に腐っていた陸軍幼年学校教官の豊島与志雄を「良い職場があるから」と海軍機関学校に呼び寄せている。
自著にて天照大神を登場させる際、別名の「大日孁貴」(おおひるめむち)を用いた。これは「天照大神」と言う呼称では皇祖神をそのまま文中に登場させてしまうことになるため、太陽神、それも自然神という性格付けで「大日孁貴」を用いなければならなかったためである。
煙草が大好きで、1日に180本も吸っていたという、この煙草について『海のほとり』『京都日記』『玄鶴山房』に敷島銘柄の煙草が登場した。

芥川龍之介の作品は、初期と晩年でかなり違うと言われる。
初期。説話文学を典拠とした「羅生門」「鼻」「芋粥」など歴史物、加えてキリシタン物が有名である。日夏耿之介は初期の作品を「非常によい」と評価している。歴史物では、人間の内面、特にエゴイズムを描き出したものが多い。
中期。芸術至上主義的な面が全面に出た「地獄変」などを書き、長編「邪宗門」に挑んでいたが、後世の文学者はあまり中期の芥川文学を評価していない。
晩年。自殺を考えていたのか、自分のこれまでの人生を見直したり、生死に関する作品が多く見られる。初期より晩年の方を高く評価する見解も示されている。「一塊の土」など、これまでと比べ現代を描くようになるが、台頭するプロレタリア文壇にブルジョア作家と攻撃されることとなる。この頃から告白的自伝を書き始める(「大道寺信輔の半生」「点鬼簿」など)。晩年の代表作「河童」は、河童の世界を描くことで人間社会を痛烈に批判しており、当時の人々に問題を提起した。
「歯車」の内容から、晩年には自分自身のドッペルゲンガーを見たのではないか、また、偏頭痛あるいはその前兆症状である閃輝暗点を患っていたのではないか、という説がある。

1927年(昭和2年)7月24日、田端の自室で雨の降りしきる中、芥川龍之介は服毒自殺をおこない、社会に衝撃を与えた。使用した薬品については、ベロナールとジェノアルとする説が一般的である。死の数日前に芥川を訪ねた、同じ漱石門下で親友の内田百閧ノよれば、芥川はその時点でもう大量の睡眠薬でべろべろになっており、起きたと思ったらまた眠っているという状態だったという。既に自殺を決意し、体を睡眠薬に徐々に慣らしていたのだろうと推測される。一方で、自殺の直前には身辺の者に自殺を仄めかす言動を多く残しており、実際には早期に発見されることを望んだ狂言自殺で、たまたま発見が遅れたために手遅れになったとする説もある。また、死後に見つかり、久米正雄に宛てたとされる遺書「或旧友へ送る手記」の中では自殺の手段や場所について具体的に書かれ、「僕はこの二年ばかりの間は死ぬことばかり考へつづけた。(中略)・・・僕は内心自殺することに定め、あらゆる機会を利用してこの薬品を手に入れようとした」とあることから、記述を信頼すれば計画的に自殺を企てていた節も伺える。
遺書として、妻・文に宛てた手紙、菊池寛、小穴隆一に宛てた手紙がある。芥川が自殺の動機として記した「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」との言葉は、今日一般的にも有名であるが、自殺直前の芥川の厭世的、あるいは「病」的な心境は「河童」を初めとする晩年の作品群に明確に表現されており、「ぼんやりした不安」の一言のみから芥川の自殺の動機を考えるべきではないとも言える。芥川命日は小説「河童」から取って河童忌と称される。
死の前日、芥川は近所に住む室生犀星を訪ねたが、犀星は雑誌の取材のため、上野に出かけており留守であった。犀星は後年まで「もし私が外出しなかったら、芥川君の話を聞き、自殺を思いとどまらせたかった」と、悔やんでいたという。また、死の直前に
「橋の上ゆ胡瓜なくれは水ひびきすなはち見ゆる禿の頭 」
と河童に関する作を残した。
死の8年後、親友で文藝春秋社主の菊池寛が、芥川の名を冠した新人文学賞「芥川龍之介賞」を設けた。芥川賞は日本で最も有名な文学賞として現在まで続いている。
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2009年08月31日

『西方の人』(☆☆☆:小説おすすめ度)

『西方の人』(せいほうのひと、さいほうのひと)は、芥川龍之介の小説。1927年8月、雑誌『改造』に初出。1927年7月7日に書き上げられ、さらに絶筆となる『続西方の人』(『改造』1927年9月)が執筆された。

<あらすじ>
クリストの一生を自身の一生となぞらえ、あるいは対置しながら描いたものとされる。「西方の人」が語られる時は、必然的に「作者の死」と深く関わってくる。「作者の自画像=クリスト」なのか、あるいは「クリストと作者の距離」があるのかという議論が繰り返されてきた。作品そのものが芥川龍之介の一生と重なりやすい事が原因と思われる。
又、作品の末尾に描かれるクリストの最後を表現した「折れた梯子」が、「天上から地上へ登る」と形容されている事から、生への希求が表現されていると主張する一派が生まれた。「地上から天上へ登る」の誤記ではないかとする人たちとの論争は、平行線のまま解消されていない。最近は当時の言説全体からの位置づけなどが課題になっている。

<感想>
自殺の前日に書かれた「続・西方の人」は、人間としてのイエス・キリストの悩む姿を聖書の記述に対する付記のような形で、断続的に書き連ねていきます。イエス・キリストの人間らしい苦悩と、芥川自身の苦悩を重ね合わせて記述していることは明白ですが、そこには2000年間にわたって後世に影響を与え続けたイエス・キリストの業績に対する憧憬と、自身の業績に対して絶望とがないまぜになった、屈折したメッセージが読み取れます。「続・西方の人」を書いた翌日には芥川は自殺してしまうわけで、所収の作品はどれも捨て台詞にも似た苦々しさに覆われているのが残念です。もちろんそこに芥川の苦悩の深さが読み取れるわけですが、カタルシスのかけらすらなく救いが全くありません。理想を追い求め続け、ついに到達できなかった芥川の断末魔の叫びなのでしょう。芥川龍之介を最初に読むのであれば、別の作品を読まれることをお勧めします。

〜『西方の人』、芥川龍之介〜
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2009年08月30日

『或阿呆の一生』(☆☆☆☆:小説おすすめ度)

『或阿呆の一生』(あるあほうのいっしょう)は、芥川龍之介作の短編小説。雑誌「改造」1927年10月号に掲載された。1927年の芥川自殺後に見つかった文章で、自分の人生を書き残したと思われている。

<あらすじ>
今まで一体どれほどの人が、この後期芥川龍之介の狂気の世界観に影響されてきただろうか。おそらく、星の数ほど議論されてきた芥川龍之介の末期の思想の中で、一体どれほど正確にそれをつかんでいるものがあるだろう。おそらく多分ないでしょう。それほどこれらの作品は常軌を逸している感を否めません。特に『歯車』ではドッペルゲンガーの影に悩まされているような描写があり印象的です。また『河童』では精神障害が逆に正常に転化するような世界、『或る阿呆の一生』の狂人の子供という、遺伝に苛まれる芥川龍之介の姿、といった世界は少なからず我々が隠し持っているそれに共通していることにふと気付かされます。これらの作品はそういった我々の押し込められている何かを、表面に浮かび上がらせるような力が存在します。小説家の技量と言うより、人間としての芥川龍之介の魅力に触れられる作品と言えます。

〜『或阿呆の一生』、芥川龍之介〜
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2009年08月29日

『歯車』(☆☆☆:小説おすすめ度)

歯車』(はぐるま)は、芥川龍之介の小説。芥川は1927年服毒自殺を図るが、生前に第一章が雑誌「大調和」に発表され、残りは遺稿として発見された。『河童』、『或阿呆の一生』、『侏儒の言葉』と並ぶ晩年の代表作で、遺稿中では唯一の純粋な小説である。執筆期間は1927年3月23日から4月7日までとされる。執筆当初は芥川は「夜」や「東京の夜」という仮題をつけていた。

<あらすじ>
冒頭で、「僕」と語る主人公がレエン・コオトを着た幽霊の話を耳にする。特に気にしないでいたものの、その後事あるごとにレエン・コオトが現れ、「僕」を悩ませる。後になって、このレエン・コオトは義兄西川豊が轢死したとき身につけていたことを知る。
「僕」は表面上はごく自然に振る舞っているが、奇妙な暗示と符合はレエン・コオトのみに留まらず、赤光、黄色いタクシー、黒と白、もぐらもち、翼、火事、復讐の神などが繰り返し現れる。やがて視界には半透明の歯車が回りだし、その数を増し、あとから激しい頭痛に襲われる。「僕」がそれらの不可解な暗示を恐れ、心理的な迷路のなかでさまよい、もがき苦しむ様子が淡々とした語り口で描かれている。

<感想>
この小説では心象風景を巧みに連鎖させるという手法が取られていて、現実の出来事はそれを生み出すきっかけに過ぎません。映像的な心象描写や連想の鎖の中で、「僕」の疲弊した病的な神経それ自体が自律的な世界をつくりあげていて、それは精密機械のようなある種の美しさをたたえています。心が病んでいる人の内面を克明に、芸術として表現できるのはさすがだと思いました。狂気のつらさ、不条理さ、やるせなさがじわじわと実感できて、しかも硬質な、乾いた文章が美しいです。

〜『歯車』、芥川龍之介〜
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『河童』(☆☆☆☆:小説おすすめ度)

『河童』(かっぱ)は、芥川龍之介が1927年(昭和2年)に総合雑誌『改造』誌上に発表した小説である。

<あらすじ>
物語はある精神病患者の第23号が誰にでも話すという話を語ったものであるとして進められる。三年前のある日、彼は穂高山に登山をしに行く。その途中で彼は河童に出会い河童を追いかけているうちに河童の国に迷い込む。そこは、すべてが人間社会と逆で、雌の河童が雄を追いかけ、出産時には、胎児に産まれたいかどうかを問う。

<感想>
「河童」を幻想小説(ファンタジー)だと思うと面白くないかもしれません。一人の人間の独白(モノローグ)だと思うと、そこに興味を持つ人がいるかもしれないです。共感を持って読むか、そういう人もいるんですねという傍観者的に読むかは、その人の感覚によるかもしれないです。私は近代の古典として一度は読んでおいた方がいいい作品だと思います。

〜『河童』、芥川龍之介〜
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『トロツコ』(☆☆☆:小説おすすめ度)

「トロツコ」は、芥川龍之介が1922年(大正11年)に発表した短編小説。新仮名では「トロッコ」と表記する。幼い少年が大人の世界を垣間見る体験を綴った物語で、今も時代を超えて読まれている名作である。

<あらすじ>
小田原・熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まった。8歳の良平が、その工事現場で使う土砂運搬用のトロッコに非常に興味をもっていた。ある日、トロッコを運搬している土工と一緒に、トロッコを押すことになった。良平は最初は有頂天だが、だんだん帰りが不安になった。途中で土工に、遅くなったから帰るようにいわれて、良平は一人暗い坂道を「命さえ助かれば」と思いながら駆け抜けた。家に着いたとたん、良平は泣き出してしまう。
という良平の体験を、大人になり東京に出てきた良平が回想している。塵労に疲れた良平の前には、全然何の理由も無いのに、そのときの薄暗い坂の路が一筋断続しているのであった。

<感想>
芥川龍之介と聞けば、日本人なら誰もが知っている代表的文豪の一人です。その作品も「よし、たまには古典の名作でも鑑賞するか」などと多少気合を入れなければ、なかなか手にすることもないでしょう。この作品にはユーモアに富んだ部分もあり、文豪の意外な一面も見られます。童話的な話の中にも文学の楽しさはもちろんある、そういうことを教えるために教科書に採用されているのではないかと思いました。

〜『トロツコ』、芥川龍之介〜
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『三つの宝』(☆☆☆:小説おすすめ度)

『三つの宝』(みっつのたから)は、芥川龍之介の戯曲。

<あらすじ>
三人の盗人が、古ぼけたマントや剣や長靴を懸命に取り合っているところに王子が通りがかり、自分の身に着けている高価なそれらと交換する。しかし、これは盗人たちが企んだ芝居であった。飲み屋で、彼は長靴で飛ぼうとするが飛べずに客たちから笑われる。同時に、姫が黒人の王に無理やり嫁がされようとしている噂を耳にし助けに行く。姫に会い、黒人王にも会う。王と戦うために、盗人に買わされた残りの二つの宝を試すものの、やっぱり偽物だった。そして、事態は思わぬ方向に。

<感想>
芥川龍之介の作品に多くあるように、人間のエゴイズムが描かれた作品です。この作品は大人が読んでも面白いと思いますが私は特に読書嫌いの子供達に読んで欲しいです。小さな頃から名作といわれるものを読んでおくのはとてもいいことです。短編なので早ければ20分ぐらいで読めてしまうと思います。読書嫌いのお子様に毎日少しずつでも読ませて文学というものに触れていただきたいと思います。いきなり、長いものを読ませると飽きてさらに読書嫌いになってしまうかもしれませんので、短編からスタートさせるといいと思います。

〜『三つの宝』、芥川龍之介〜
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2009年08月28日

『藪の中』(☆☆☆:小説おすすめ度)

「藪の中」(やぶのなか)は、芥川龍之介の短編小説。1922年(大正11年)、月刊雑誌「新潮」1月号に発表された。

<あらすじ>
[検非違使に問われたる木樵の物語]
男の死体の第1発見者。遺留品は一筋の縄と女物の櫛だけ。馬と刀は見ていない。
[検非違使に問われたる旅法師の物語]
殺人が起こる前日に男と馬に乗った女に会った。
[検非違使に問われたる放免の物語]
男の衣服を着て弓矢[1]を持ち馬に乗った盗人多襄丸(たじょうまる)を捕獲。女は見ていない。
[検非違使に問われたる媼の物語]
死体の男の名は若狭国国府の侍、金沢武弘(かなざわのたけひろ)。女はその妻の真砂(まさご)で、自分の娘でもある。女は未だ行方知れず。
[多襄丸の白状]
男を殺したのは私である。最初は男を殺すつもりはなかったが、強姦した女の情にほだされ、男を縄で解いた後で太刀打ちをした際に男を殺した。殺している間に女を見失った。
[清水寺に来れる女の懺悔]
強姦されるさまを夫に見られたことを恥と知り、手中の小刀(さすが)を使って夫を殺した。自分も後を追うつもりだったが死にきれずにいる。
[巫女の口を借りたる死霊の物語]
事が終わった後、妻は私の存在が疎ましくなり、盗人に私を殺すようにけしかけた。盗人は顔色を変えて妻を蹴倒した。妻は危機を察して逃げた。藪の中に一人残された私は世を儚んで、妻が落とした小刀を使い自刃した。

<感想>
初期の名作に見られるような知的に構成された完成度の高いガラス細工のようなイメージではなく、初期の短編とは異なり、人間の精神世界に踏み込んだ作品のような印象を持ちました。一度読むよりも二回、三回読む方が味わい深い作品になっています。芥川龍之介の別の一面を発見し、他の作品も読みたくなりました。

〜『藪の中』、芥川龍之介〜
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『アグニの神』(☆☆☆:小説おすすめ度)

『アグニの神』(アグニのかみ)は、1921年(大正10年)に芥川龍之介が雑誌「赤い鳥」に発表した短編小説。タイトルの「アグニの神」とは、ヒンドゥー教の火の神「アグニ」のことである。

<あらすじ>
上海のある家の二階で、占い師をやっているインド人の老婆が、アメリカ人の商人と話し合っていた。商人は戦争で大儲けをする為に、日米戦争がいつ頃起こるのかを占って欲しいと頼む。始めは渋っていた老婆だが、前金として小切手をもらうと愛想が良くなり、自分にはアグニの神がついているから占いは絶対に外れないと言って引き受ける。商人が帰ると老婆は家にいる一人の少女を呼びつけ、 今夜アグニの神にお伺いをたてるなどと話す。
丁度その時、下の通りからその様子を見ている日本人がいた。日本人は名を遠藤といい、行方不明になった香港領事の娘を探していて、二階にいる少女が領事の娘、妙子ではないかと疑う。遠藤は二階に押し入り、少女を返すよう求めるが一向に聞き入れられない。遠藤はピストルを出して老婆を脅すが、老婆の魔法によってあっけなく追い返されてしまう。
遠藤は下の通りでどうしたものかと考えていたが、家の二階から妙子が書いた手紙が落ちてくる。手紙には、おばあさんはいつも私にアグニの神を乗り移らせて声を聞くから、自分は神に取り付かれたふりをして自分を父のもとに返すよう求めるという計画が書かれていた。
儀式が始まり、遠藤は二階のドアの前に立って盗み聞きをする。神の声が聞こえたが、その内容は少女を父親のもとに返せというもので、老婆は妙子を、神に乗り移られたふりをするなと言う。しかし神の声はそれを否定する。怒った老婆はナイフで妙子を殺そうとするが、次の瞬間には自分自身を刺して息絶えた。
ドアを突破した遠藤は、妙子に計画の成功を伝えるが、妙子は自分は眠ってしまっていて計画は失敗したと言う。妙子は死んでいる老婆を見て、遠藤さんが殺したのかと聞くが、遠藤は、殺したのはアグニの神ですと答えた。

<感想>
私は結構いろいろな作家の本を読んできたつもりではありますが、そのなかでも、芥川龍之介の魅力はイマイチつかめないでいました。というのは、芥川龍之介はなぜか短編しか書かず、しかもその短編は殆どどこかの文献のアレンジであるからです。長文小説を出すことが作家の前提だろうと思っていた私にとって、彼に魅力を見出すことは困難でした。しかしそのような先入観は、彼のさまざまな短編を読むことによって徐々に「楽しみ、感動」に変わってゆきました。この小説を呼んで考えたことは、彼は非常に人道主義的な作家だということです。

〜『アグニの神』、芥川龍之介〜
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『杜子春』(☆☆☆☆:小説おすすめ度)

「杜子春」(とししゅん)は、芥川龍之介が1920年(大正9年)に雑誌『赤い鳥』に発表した子供向けの短編小説。主人公の名前でもある。中国の古典、鄭還古の『杜子春伝』を童話化したもの。

<あらすじ>
ある春の日暮れ、洛陽の西門の下に杜子春という若者が一人佇んでいた。彼は元々金持の息子だったが、財産を使いすぎたために今は惨めな生活になっていた。
杜子春はその門の下で片眼すがめの不思議な老人に出会い、大金持ちにしてもらう。しかし、杜子春は財産を浪費し、3年後には一文無しになってしまう。杜子春はまた西門の下で老人に出会って大金持ちにしてもらい、同じことを繰り返す。
3度目、西門の下に来た杜子春は変わっていた。金持ちになったときには友達も寄ってくるが、貧乏になるとみな離れていく、杜子春は人間というものに愛想を尽かしていた。杜子春は老人が仙人であることを見破り、仙術を教えてほしいと懇願する。そこで老人は自分が鉄冠子(三国志演義などに登場する左慈の号)という仙人であることを明かし、自分の住むという峨眉山へ連れて行く。
峨眉山の頂上に一人残された杜子春は試練を受ける。鉄冠子が帰ってくるまで口をきいてはならないので、どんな恐ろしい目にあっても無言でじっと耐える。地獄に落とされても杜子春は一言も言わなかった。怒った閻魔大王が、畜生道に落ちた杜子春の両親を連れて来させて鬼たちにめった打ちにさせるが、苦しみながらも杜子春を思う母親の心を知って、彼は耐え切れず「お母さん!」と一声、叫んでしまった。
叫ぶと同時に杜子春は現実に戻される。洛陽の門の下、春の日暮れ、すべては仙人が見せていた幻だった。これからは人間らしい暮らしをすると言う杜子春に、仙人は泰山の麓にある一軒の家と畑を与えて去った。

<感想>
私は結構いろいろな作家の本を読んできたつもりではありますが、そのなかでも、芥川龍之介の魅力はイマイチつかめないでいました。というのは、芥川龍之介はなぜか短編しか書かず、しかもその短編は殆どどこかの文献のアレンジであるからです。長文小説を出すことが作家の前提だろうと思っていた私にとって、彼に魅力を見出すことは困難でした。しかしそのような先入観は、彼のさまざまな短編を読むことによって徐々に「楽しみ、感動」に変わってゆきました。この小説を呼んで考えたことは、彼は非常に人道主義的な作家だということです。「杜子春」の最後には大きな感銘を受けてしまいました。それまでの、「芥川龍之介=短編=中身がない」といった考えが音を立てて崩れていく思いがしました。「杜子春」は短編でありながら、どんな天才作家の長編にも引けをとらないクオリティーを内包しています。そこには親子の愛という、最も美しい愛の形が、見事なまでに綴られており、私は杜子春とその母親を自らに置き換えることによって、その愛情描写を味わいました。

〜『杜子春』、芥川龍之介〜
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2009年08月27日

『南京の基督』(☆☆☆:小説おすすめ度)

『南京の基督』(なんきんのきりすと)は、芥川龍之介が1920年に書いた切支丹(キリシタン)物、中国物の小説。

<あらすじ>
気立てのやさしい15歳の娼婦、宋金花は、悪性の梅毒にかかってしまう。商売仲間から「客にうつせば治る」(迷信である)と教えられたものの、キリストの教えに背くことになると頑なに拒んでいた。ある晩、彼女のもとへ、キリストそっくりの男がやって来る。金花は彼をキリストと信じて、その男に抱かれるが。

<感想>
「南京の基督」は映画になるほどなので、大作かと思ったのですが、意外なほど短い作品でした。しかし若く、純真な娼婦の熱心な崇拝故の誤解のこのストーリーには、みずみずしさとキレを感じ、芥川龍之介の作家としての鋭い才能を体感できました。文章の巧みさだけでなく、テーマの取り上げ方や料理の仕方など、大人の読者たちを唸らせる作品です。

〜『南京の基督』、芥川龍之介〜
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『魔術』(☆☆☆:小説おすすめ度)

「魔術」(まじゅつ)は、芥川龍之介によって大正9年(1920年)1月に『赤い鳥』に発表された短編小説。 少年むけの文学作品として書かれている。

<あらすじ>
魔術を使うことのできるマテイラム・ミスラを訪れた「私」は、ミスラの見せた魔術に驚き、教えてもらえるように頼むところから話が始まる。

<感想>
芥川龍之介の作品に多くあるように、人間のエゴイズムが描かれた作品です。この小説は大人が読んでも面白いと思いますが私は特に読書嫌いの子供達に読んで欲しいです。小さな頃から名作といわれるものを読んでおくのはとてもいいことです。短編なので早ければ20分ぐらいで読めてしまうと思います。読書嫌いのお子様に毎日少しずつでも読ませて文学というものに触れていただきたいと思います。いきなり、長いものを読ませると飽きてさらに読書嫌いになってしまうかもしれませんので、短編小説からスタートさせるといいと思います。

〜『魔術』、芥川龍之介〜
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『犬と笛』(☆☆☆☆:小説おすすめ度)

「犬と笛」(いぬとふえ)は、芥川龍之介が1919年(大正8年)に『赤い鳥』に発表した短編小説。芥川の児童文学中でも冒険色が強い作品である。

<あらすじ>
大和国(現在の奈良県)に住む木こりの髪長彦は、ある日森の中で神に出会う。そこで神に願いはなんだと聞かれると、髪長彦は犬が欲しいと言った。そんな髪長彦の無欲な精神を気に入った神は髪長彦に三匹の犬を与えた。その三匹の犬が特殊な力を持つ犬で、その犬といっしょに囚われの身の大和国の姫を救う旅に出る。

<感想>
まるで、古典童話のようなお話です。芥川龍之介の児童文学中でも冒険色が強い作品で私は好きです。大人の方が読んだら物足りないかもしれませんが、小学生が芥川龍之介作品を読んで読書感想文を書かなくてはいけない、なんてことになった時はこの小説がおすすめです。

〜『犬と笛』、芥川龍之介〜
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2009年08月26日

『邪宗門』(☆☆☆:小説おすすめ度)

『邪宗門』(じゃしゅうもん)は、芥川龍之介の未完の小説である。大正7年(1918年)10月から『大阪毎日新聞』に連載された。『大鏡』や『栄花物語』などを基に、芥川独自のストーリーで書かれている。

<あらすじ>
堀川の大殿様の子である若殿様は、父親とは容姿、性格、好みすべて正反対で、優しく物静かな人物であった。その生涯は平穏無事なものであったが、たった一度だけ、不思議な出来事があった。
大殿様の御薨去から5、6年後、洛中に摩利信乃法師という名の沙門が現れ、障害や怪我に悩む人々を怪しげな力で治してまわり、信奉者を増やしていた。ある時、建立された阿弥陀堂の供養の折、沙門が乱入し、各地より集まった僧に対し法力対決をけしかけた。大和尚と称されていた横川の僧都でも歯が立たず、沙門がますます威勢を振りまく中、堀川の若殿様が庭へと降り立った。

<感想>
ちょっと読みづらかったですが、巧みに人物の内面を描く芥川龍之介ワールドを満喫することができました。ただ、このような小説を読む時には時代背景をきちんとおさえた上で読まないと、面白さが半減してしまうかもです。これから読む人は時代背景についてきちんと勉強してから読むのがおすすめです。

〜『邪宗門』、芥川龍之介〜
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『地獄変』(☆☆☆:小説おすすめ度)

「地獄変」(じごくへん)は、1918年(大正7年)に書かれた芥川龍之介の代表的な短編小説。これは、『宇治拾遺物語』の「絵仏師良秀」という説話を基に、芥川が独自にアレンジしたものである。

<あらすじ>
主人公である絵仏師の良秀が、堀川の大殿様のために地獄変の屏風を描くところからこの小説は始まる。良秀の娘は殿の女房であり、親思いで気立てのよい女である。良秀も彼女をかわいがっていたが、殿の女房として働くが故に良秀が娘とともに過ごせることはなかった。良秀は絵の制作過程において段々と狂人と化して行く。最終的に良秀は屏風が後少しの所で描けぬと殿に訴え、モデルが必要だとして実際に人を焼く。それに選ばれたのが(作品により大殿によるとも良秀みずから指名したとも)かの娘であった。実際に彼女が焼かれる時、殿はその恐ろしさ及び絵師良秀の執念に圧倒され終始青ざめていた。良秀は見事な地獄変の屏風を描き終えるが、数日後に部屋で縊死する。

<感想>
始めて『地獄変』を読んだ小学生の時、私が感じたのは恐怖です。主人公が苦悩と恍惚の表情で地獄変の屏風絵を描き上げる表情を想像して、それが恐ろしくてたまらなかったのを覚えています。単に芸術至上主義の悲劇と言うだけでなく、いつでも、誰にでも起こり得る道徳心との葛藤こそがこの作品の味付けをしているのだと思います。主人公の良秀は芸術を追求するあまり最愛の娘を燃されそれを絵にした。大殿様に燃やされたようですが私は、良秀の意志でもあったように思えました。じっくり言葉を読めばいろいろな広がりがある小説です。芥川龍之介は読者に創造をさせるところが本当にすごいです。

〜『地獄変』、芥川龍之介〜
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2009年08月25日

『蜘蛛の糸』(☆☆☆:小説おすすめ度)

『蜘蛛の糸』(くものいと)は、芥川龍之介によって書かれた短編小説である。1918年(大正7年)に鈴木三重吉により創刊された児童向文芸誌「赤い鳥」創刊号に発表された。芥川龍之介が手がけたはじめての児童文学作品で、肉筆原稿には鈴木三重吉による朱筆がある。

<あらすじ>
ある日の朝、極楽を歩いていた釈迦が、ふと蓮池の水面からはるか下の地獄を覗くと、幾多の罪人の中からカンダタ(犍陀多)という男を見つけた。カンダタは生前に様々な悪事を働いた泥棒であったが、一度だけ小さな蜘蛛を踏み殺そうとしたところを思いとどまり、その命を助けた事があった。それを思い出した釈迦は地獄の底のカンダタを極楽へ案内するために、一本の蜘蛛の糸をカンダタに下ろす。
カンダタは極楽から伸びる蜘蛛の糸を見て「この糸をつたって登れば地獄から脱出できるばかりか極楽に行けるかもしれない」と考える。そこで蜘蛛の糸につかまって、地獄から何万里も上にある極楽へと上り始めた。ところが糸をつたって上っている途中でふと下を見下ろすと、数限りない地獄の罪人達が自分の下から続いてくるのに気づいた。このままでは糸は重さによって切れて落ちてしまうと考えたカンタダは「この蜘蛛の糸は俺のものだ。お前達は一体誰に聞いて上ってきた。下りろ、下りろ」と喚いた。すると次の瞬間、蜘蛛の糸がカンダタのぶら下がっている所から切れてしまい、カンダタは再び地獄に堕ちてしまった。
その一部始終を見ていた釈迦は、カンダタの自分だけ地獄から抜け出そうとする無慈悲な心と、相応の罰として地獄に逆落としになってしまった姿が浅ましく思われたのか、悲しそうな顔をして蓮池から立ち去った。

<感想>
確か本作品、芥川龍之介「蜘蛛の糸」は今から10数年前、当時小学生の頃読んだ記憶があります、読み終えた時に恐怖感というか地獄という所は怖い所、恐ろしい所だと感じた記憶があります。魂が未来永劫に輪廻転生を繰り返し永遠に継続すると仮定するならば、現世における行いは必ず来世の入り口とを繋ぐ地獄の門において、その裁きが必ず下されるだろう。唯一天国への望みの綱、蜘蛛の糸を手にした時、あなたならどうしますか。

〜『蜘蛛の糸』、芥川龍之介〜
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『手巾』(☆☆☆:小説おすすめ度)

「手巾」(ハンカチ)は、芥川龍之介により1916年10月の『中央公論』に発表された短編小説である。

<あらすじ>
大学教授の長谷川謹造は、窓際でストリンドベリの作劇の本を読みながら、庭の岐阜提灯を度々眺めつつ、日本古来の武士道というものを想う。そこへ、ある婦人が長谷川の元を訪れ、彼の元に出入りしていた学生が、闘病もむなしく亡くなったことを次げた。息子の死を語っているにも関わらず、柔和な微笑みを絶やさない婦人だが、長谷川はふとした事で、夫人の手元のハンカチが激しく震えていることに気が付くのだった。夜、長谷川はこの話を妻に語りながら、この婦人は「日本の女の武士道だ」と激賞した。満足げな長谷川だったが、その後、ふと開いたストリンドベリの一節に目が留まる。『顔は微笑んでいながら、手ではハンカチを二つに裂く。これは二重の演技で、私はそれを臭味と名づける』

<感想>
ちょっと読みづらかったですが、巧みに人物の内面を描く芥川龍之介ワールドを満喫することができました。ただ、このような小説を読む時には「武士道」などの時代背景をきちんとおさえた上で読まないと、面白さが半減してしまうかもです。これから読む人は時代背景についてきちんと勉強してから読むのがおすすめです。

〜『手巾』、芥川龍之介〜
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2009年08月24日

『芋粥』(☆☆☆:小説おすすめ度)

「芋粥」(いもがゆ)は、芥川龍之介の短篇小説。1916年9月の『新小説』に発表された。『今昔物語集』の一話に題材をとり、「鼻」と並ぶ古典翻案ものの一つと位置づけられている。本作品は芥川の想像力を生かして、「自由」の追求がテーマとなっている。

<あらすじ>
この物語の主人公である五位(位階の一つ。名前は明かされていない)は、だらしのない格好をした侍である。彼は、周囲の人々からも酷い仕打ちを受けていた。しかし、彼は怒りもせず、「いけぬのう、お身たちは」と言うだけであった。そんな彼は、とある夢を抱いていた。それは、芋粥(山芋を甘葛の汁で煮た粥)を飽きるほど食べたい、というものだった。その望みを聞いて、藤原利仁という人物が、その夢を叶えてあげることになった。しかし、実際に大量の芋粥を目にして、五位は食欲が失せてしまうのであった。

<感想>
「芋粥」は今昔物語をモチーフにした作品です。私の目が「芋粥」に最初に触れたの歴史の教科書で、今昔物語からの抜粋でした。当時の豪族の力を示すもので、一声かければ一晩でやまのように山芋が集まる。芥川龍之介はこの集められた山芋で作られた芋粥を御馳走になる方の男を主人公にし、その心情を見事に描いています。時代が時代なので、状況がリアルに感じられるわけではないのに、ぜか共感するところが多いことに驚きました。時代が違っても人の持つ醜さや心情、いつまでも一緒なのかもなと感じました。

〜『芋粥』、芥川龍之介〜
posted by 推理小説家 at 17:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芥川龍之介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『鼻』(☆☆☆:小説おすすめ度)

「鼻」(はな)は、芥川龍之介による初期の短編小説。1916年に『新思潮』の創刊号で発表された。『今昔物語』の「池尾禅珍内供鼻語」および『宇治拾遺物語』の「鼻長き僧の事」を題材としている。「人の幸福をねたみ、不幸を笑う」と言う人間の心理を捕らえた作品。この小説で夏目漱石から絶賛された。

<あらすじ>
池の尾の僧である禅智内供(ぜんちないぐ)は五、六寸(18cmくらい)の長さのある滑稽な鼻を持っているために、人々にからかわれ、陰口を言われていた。内供は内心では自尊心を傷つけられていたが、鼻を気にしていることを人に知られることを恐れて、表面上は気にしない風を装っていた。
ある日、内供は弟子を通じて医者から鼻を短くする方法を知る。内供はその方法を試し、鼻を短くすることに成功する。鼻を短くした内供はもう自分を笑う者はいなくなると思い、自尊心を回復した。しかし、数日後、短くなった鼻を見て笑う者が出始める。内供は初め、自分の顔が変わったせいだと思おうとするが、日増しに笑う人が続出し、鼻が長かった頃よりも馬鹿にされているように感じるようになった。
人間は誰もが他人の不幸に同情する。しかし、その一方で不幸を切り抜けると、他人はそれを物足りなく感じるようになる。さらにいえば、その人を再び同じ不幸に陥れてみたくなり、さらにはその人に敵意さえ抱くようにさえなる。
鼻が短くなって一層笑われるようになった内供は自尊心が傷つけられ、鼻が短くなったことを逆に恨むようになった。
ある夜、内供は鼻がかゆく眠れない夜を過ごしていた。その翌朝に起きると、鼻に懐かしい感触が戻っていた。短かった鼻が元の滑稽な長い鼻に戻っていた。内供はもう自分を笑う者はいなくなると思った。

<感想>
小説と著者が余りにもメジャーすぎるため今まで手にしなかったのですが、今回初めて読んでみて、なるほど人間の微妙な心理的変化が良く分り、非常に面白く読ませていただきました。「鼻」に関してもとてもユーモラスなストーリーでありながら羅生門と同じく人間の心理描写がすばらしいことに感心しました。私と同じように、まだ芥川龍之介を手にされたことの無い方に、是非ともお勧めします。

〜『鼻』、芥川龍之介〜
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2009年07月04日

『羅生門』(☆☆:小説おすすめ度)

「羅生門」(らしょうもん)は、芥川龍之介による初期の小説。『今昔物語集』の「羅城門登上層見死人盗人語第十八」を基に、「太刀帯陣売魚姫語第三十一」の内容を一部に交える形で書かれた短編小説である。

<あらすじ>
主人に暇を出されたある下人が、雨の降り頻る荒廃した羅生門の下で途方にくれていた。いっそこのまま盗賊になろうかと思いつつも踏み切れない。羅生門の上の樓へ入ると、人の気配がする。それは悪事であると認識してはいるが、生活の糧を得るために死人の髪を抜く老婆であった。彼女はそれを、自分が生きるためであり、この死人も生前、生きるための悪を働いたから、髪を抜く事は許されるであろうと言う。老婆の行為に対し正義の炎を燃やしていた下人だったが、その言葉に決心し、老婆の着物をはぎ取る。そして「己もそうしなければ、餓死をする体なのだ。」と言い残し、漆黒の闇の中へ消えていった。下人の行方は誰も知らない。

<感想>
芥川竜之介の作品を読むたびに私は彼の書く人間の姿に圧倒されます。鮮烈で効果的な情景描写の中に少しずつ浮き彫りになっていく下人の本性。老婆と出会い、極限状態から堕落していく姿を見ていると背筋が寒くなる思いがしました。根は真面目でどこにでもいるようなこの下人は自分や自分の周りの人に重ねることができるように思えます。私達はいつでもこの下人のように堕ちていくことができるのです。自分のいいように都合を合わせ、自分を正当化し、良くはないと分かっていながらも止めることのできなかった下人に私達はいつでもなれるのです。雨、からす、黒洞々たる夜。たくさんのこういった表現を用いることで、不気味な雰囲気を醸し出しながら、作者はこのような人間の裏側に隠れている誰もが持つ弱くて醜い部分をこの小説で書こうとしたのでしょう。それでもやっぱり下人は最後は基の機が小さく弱虫菜優しい人間に戻ってほしいと願いたいです。

〜『羅生門』、芥川龍之介〜
posted by 推理小説家 at 20:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芥川龍之介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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