2010年01月16日

太宰治

太宰治

太宰治(だざいおさむ、1909年(明治42年)6月19日 - 1948年(昭和23年)6月13日)は、昭和を代表する日本の小説家。本名は津島修治(つしましゅうじ)。
1933年(昭和8年)より小説の発表を始め、1935年(昭和10年)に「逆行」が第1回芥川賞候補となる。主な作品に『走れメロス』『津軽』『お伽草紙』『斜陽』『人間失格』など。諧謔的、破滅的な作風で、織田作之助、坂口安吾、石川淳などともに新戯作派、無頼派とも称された。大学時代より自殺未遂、心中未遂を繰り返し、1948年(昭和23年)玉川上水にて山崎富栄とともに入水した。

芥川龍之介を敬愛しつつ1933年(昭和8年)、短編「列車」を『サンデー東奥』に発表。同人誌『海豹』に参加し、「魚服記」を発表。1935年(昭和10年)、「逆行」を『文藝』に発表。初めて同人誌以外の雑誌に発表したこの作品は、憧れの第1回芥川賞候補となったが落選(このとき受賞したのは石川達三『蒼氓』)。選考委員であった川端康成から「作者、目下の生活に厭な雲あり」と私生活を評され、「小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか」と文芸雑誌上で反撃した。 その後、都新聞社に入社できず、またも自殺未遂。また、この年、佐藤春夫を知り師事する。佐藤も選考委員であり、第1回の選考時では、太宰を高く評価していた。第2回を太宰は期待し佐藤も太鼓判を押したが、結果は「受賞該当者なし」となった。第3回では仇敵であった川端康成にまでも選考懇願の手紙を送っているが、過去に候補作となった作家は選考対象から外すという規定がもうけられ候補にすらならなかった。 1936年(昭和11年)、前年よりのパビナール中毒が進行し治療に専念するも、処女短編集『晩年』を刊行。翌1937年(昭和12年)、内縁の妻小山初代(1912-1944)とカルモチン自殺未遂、一年間筆を絶つ。
1938年(昭和13年)、井伏鱒二の招きで山梨県御坂峠にある天下茶屋を訪れ、井伏の仲人で甲府市出身の石原美知子(1912-1997)と結婚。甲府市御崎町(現・朝日)に住み、精神的にも安定し、「富嶽百景」「駆け込み訴へ」「走れメロス」などの優れた短編を発表した。戦時下も『津軽』『お伽草紙』など創作活動を継続。1947年(昭和22年)、没落華族を描いた長編小説『斜陽』が評判を呼び、流行作家となる。

4回の自殺未遂や小説のデカダン的とも言える作風のためか、真に迫った作風を好む作家としてのみ捉える向きもあるが、戦時中は『畜犬談』『お伽草紙』『新釈諸国噺』などユーモアの溢れる作品も残している。深刻な作品のみを挙げて太宰文学を否定した三島由紀夫は、大藪春彦から「それなら君は『お伽草紙』を否定できるか!」と詰め寄られて、一言も言い返せなかった。 個人的に太宰と交際があった杉森久英も、永らく太宰文学を好きになれなかったが、戦後だいぶ経ってから『お伽草紙』や『新釈諸国噺』を読んで感嘆し、それまで太宰を一面的にしか捉えていなかった自分の不明を深く恥じたという。
長編、短編ともに優れていたが、「満願」等のように僅か原稿用紙数枚で、見事に書き上げる小説家としても高く評価されている。「女生徒」「きりぎりす」をはじめとして、女性一人称の作品を多く執筆。「なぜ男性なのに、女性の気持ちがここまで判るのか」と、女性作家や女性文芸評論家から賞讃を受けている(ただしこれは、特定の女性の日記が基になっている作品だからであるとの指摘がある)。
また坂口安吾、織田作之助、石川淳と共に「無頼派」または「新戯作派」の一人に数えられる太宰は、退廃的な作風を好んだ、と一般に言われている。 しかしながら、太宰自身は退廃的な作品を書きながらも同世代の作家のなかでもっとも「神を求めた人」であった、とする研究・評論も多くある。
聖書やキリスト教にも強い関心を抱き続けた。そして聖書に関する作品をいくつか残している。その一つが「駈込み訴へ」である。「駈込み訴へ」では、一般的に裏切り者、背反者として認知されるイスカリオテのユダの心の葛藤が描かれている。太宰は、この作品を口述筆記で一気に仕上げた。
1948年(昭和23年)、太宰の死の直前から『太宰治全集』が八雲書店から刊行開始されるが、同社の倒産によって中絶した。その後、創藝社から新しく『太宰治全集』が刊行される。だが、書簡や習作なども完備した本格的な全集は1955年(昭和30年)に筑摩書房から刊行されたものが初めてである。
2009年(平成21年)、プランゲ文庫に所蔵された資料から連合国軍占領下に発表した「人魚の海」、「鉄面皮」、「校長三代」、「貨幣」、「黄村先生言行録」、「佳日」、「不審庵」などは連合国軍総司令部の検閲によって、削除が指示されていたことが明らかになった。
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2009年08月12日

『人間失格』(☆☆☆:小説おすすめ度)

『人間失格』(にんげんしっかく)とは、小説家・太宰治による中編小説であり、『ヴィヨンの妻』『走れメロス』『斜陽』に並ぶ太宰の代表作の1つである。1948年(昭和23年)に雑誌「展望」に、全三話の連載小説として発表された。

<あらすじ>
[第一の手記]
「自分」は人とは違う感覚を持っており、それに対して混乱し発狂しそうになる。それゆえにまともに人と会話が出来ない「自分」は、人間に対する最後の求愛として道化を行う。だが、その「自分」の本性は、女中や下男に犯されるという残酷な犯罪を語らず、力なく笑っている人間であった。結果的に「自分」は欺きあう人間達に対する難解さの果てに孤独を選んでいた。
[第二の手記]
中学校時代、「自分」は道化という自らの技術が見抜かれそうになり、恐怖する。その後、旧制高校において人間への恐怖を紛らわすために、悪友堀木により紹介された酒と煙草と淫売婦と左翼思想とに浸った。これらはすべて、「自分」にとって醜悪にみえる人間の営みから、ひとときの解放をもたらす物だった。
しかし急激に環境が変わることにつれて様々なしがらみから逃れがたくなり、結果として人妻との暖かな一夜の後に、彼女と心中未遂事件を起こす。しかし、「自分」一人生き残り、自殺幇助罪に問われる。結局、父親と取引のある男を引受人として釈放されるが、混乱した精神状態は続く。
[第三の手記]
罪に問われたことをきっかけとして高等学校を放校になり、一時引受人の男の家に逗留することになるが、男に将来どうするのかと詰め寄られて「自分」は家出をする。それをきっかけに子持ちの女性や、バーのマダム等との破壊的な女性関係にはまりこむことになり、「自分」はさらに深い絶望の淵に立つことになる。
その果てに最後に求めたはずの無垢な女性が、出入りの商人に犯されて、あまりの絶望にアルコールを浴びるように呑むようになり、ついにある晩、たまたま見つけた睡眠薬を用いて、発作的に再び自殺未遂を起こす。
なんとか助かったものの、その後は体が衰弱してさらに酒を呑むようになり、ある雪の晩ついに喀血する。薬を求めて入った薬屋で処方されたモルヒネを使うと急激に調子が回復したため、それに味を占めて幾度となく使うようになり、ついにモルヒネ中毒にかかる。モルヒネほしさのあまり何度も薬屋からツケで薬を買ううちにのっぴきならない額となり、ついに薬屋の奥さんと関係を結ぶに至る。その、自分の罪の重さに耐えきれなくなり、「自分」は実家に状況を説明して金の無心の手紙を送る。
やがて、家族の連絡を受けたらしい引受人の男と堀木がやってきて、病院に行こうと言われる。行き先はサナトリウムだと思っていたら、脳病院へ入院させられる。そして他者より狂人としてのレッテルを貼られたことを自覚し、「自分」はもはや人間を失格したのだ、と確信するに至る。
数ヶ月の入院生活ののち、故郷に引き取られた「自分」は廃人同然となり、不幸も幸福もなく、ただ過ぎていくだけなのだと最後に語り自白は終わる。

<感想>
人間の存在そのものへの恐怖の描写と形容があまりにも生々しく、その強烈過ぎるところから一瞬で共感を感じるのだと思います。良く読むと、共感するところ、しないところと別れてくみます。恐怖の強さを言葉で表現できる限界まで書きこんだ感じですが、おそらくまだ表現し足りてないのではないかと思いました。その辺を似た様なことを繰り返し述べることによって、一文だけではなく作品全体で表現している様に思います。あまりに傷つきやすい主人公“葉蔵”は、「道化」を演じることで自分を傷つけずに他人にかかわる術を身につける。社交辞令や愛想笑いが繊細な心を自身が傷つける。その苦痛を酒や女で紛らわす。弱い人間だ。けれども、徹底的なほど自分に誠実な人間は確かに弱いですが、「めしが食えたらそれで解決」という人間と、常に自分が見え過ぎる人と、どちらがより「人間」らしいか、重たいテーマを突きつけられた気がしました。

〜『人間失格』、太宰治〜
posted by 推理小説家 at 15:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 太宰治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『走れメロス』(☆☆☆☆:小説おすすめ度)

『走れメロス』(はしれメロス)は、太宰治による短編小説である。初出は1940年(昭和15年)5月発行の雑誌『新潮』。

<あらすじ>
素朴な牧人の青年メロスは、人間不信のために多くの人を処刑しているシラクスの暴君ディオニス王の話を聞き、激怒する。そして王の暗殺を決意する。しかし、あえなく衛兵に捕らえられ、即刻処刑されることになる。メロスは親友のセリヌンティウスを人質として王のもとにとどめおく事を条件に、妹の結婚式に出るため三日間の猶予を得る。王はメロスを信じておらず、死ぬために再び戻ってくる事などはないと言いのけた。
メロスは妹の結婚式からの帰途で、川の氾濫による橋の決壊や山賊の襲来(ただし山賊の襲来は、王の差し向けた刺客という可能性もある)など度重なる不運に出遭う。メロスはそのために心身ともに困憊し、一度は王のもとに戻ることをあきらめかけた。しかしその時、メロスは自分自身が、かの人間不信の王がいう“醜い人間”そのものである事に気づき、再び走り出す。人間不信の王を見返すために、自分を信じて疑わない友人の命を救うために、そして自分の命を捧げるために。
こうしてメロスは日暮れに町へ到着し、約束を果たす。そして王の気持ちを変える事に成功したのである。

<感想>
表題作「走れメロス」は教科書で読んだと言う人も多いはず。当時は太宰治など気にかけなかった中学生も、大人になるにつれ、太宰といえば、「斜陽」「人間失格」が代表作であり、破滅的思考の持ち主で、数度の自殺未遂を繰り返し、最期もやはり自殺だった、と言う事を知っているでしょう。その太宰治があんな健全な作品を残していると言う事実。そこに多少の矛盾や疑問を感じたら是非再読する事をすすめます。これは「走れメロス」をはじめ、いわゆる太宰中期、荒んだ生活を改め、人間として再起を計った頃の作品を集めたものです。これを読むと、太宰がいかにまともな人間なのかがよく解ります。まともであるが故に社会との軋轢が生ずる。それをニヒリズムに逃げるのではなく、真向から克服しようとしています。とにかく元気になれる小説です。普段忘れている友情の大切さを思い起こさせてくれます。

〜『走れメロス』、太宰治〜
posted by 推理小説家 at 12:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 太宰治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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