2010年01月22日

横溝正史

横溝正史

横溝正史(よこみぞせいし、1902年5月24日 - 1981年12月28日)は、日本の小説家、推理作家。本名は同字で「よこみぞ まさし」。当初は筆名も同じ読みであったが、誤読した作家仲間にヨコセイと仇名されているうちに、セイシをそのまま筆名とした(エッセイ「本名と筆名」による)。現在の兵庫県神戸市中央区東川崎町生まれ。
金田一耕助を探偵役とする一連の探偵小説で有名。また、薬剤師免許を持っていた。

1902年(明治35年)5月24日、兵庫県神戸市東川崎に父・宜一郎、母・波摩の三男として生まれる。父の郷里は岡山。
1920年(大正9年)3月神戸二中(現・兵庫県立兵庫高等学校)を卒業、第一銀行神戸支店に勤務。
1921年、雑誌『新青年』の懸賞に応募した「恐ろしき四月馬鹿(エイプリル・フール)」が入選作となる。これが処女作とみなされている。
1924年、大阪薬学専門学校(大阪大学薬学部の前身校)卒業後、一旦薬剤師として実家の生薬屋「春秋堂」に従事していたが、1926年に江戸川乱歩の招きに応じて上京、博文館に入社する。1927年に『新青年』の編集長に就任、その後も『文芸倶楽部』、『探偵小説』等の編集長を務めながら創作や翻訳活動を継続したが、1932年に同誌が廃刊となったことにより同社を退社して専業作家となる。
1934年(昭和9年)7月、肺結核の悪化により、長野県での療養を余儀なくされ、執筆もままならない状態が続く。一日あたり3〜4枚というペースで書き進めた渾身の一作『鬼火』も当局の検閲により一部削除を命じられる。また、戦時中は探偵小説の発表自体が制限されたことにより、捕物帖等を中心とした執筆に重点を移さざるを得ないなど、不遇な時代が続いた。作家活動が制限されたため経済的にも困窮し、一時は本人も死を覚悟するほど病状が悪化したが、終戦後、治療薬ストレプトマイシンの急激な値崩れにより快方に向かう。
1945年(昭和20年)4月より3年間、岡山県吉備郡真備町岡田(現・倉敷市真備町)に疎開。第二次世界大戦終戦後、推理小説が自由に発表できるようになると本領を発揮し、本格推理小説を続々と発表する。1948年、『本陣殺人事件』により第1回日本探偵作家クラブ賞(後の日本推理作家協会賞)長編賞を受賞。
社会派ミステリーの台頭で一時は忘れられた存在となっていたが1968年、講談社の『週刊少年マガジン』誌上で『八つ墓村』が漫画化・連載(作画:影丸穣也)されたことを契機として注目が集まる。ミステリーとホラーを融合させたキワ物的な扱いであったが、映画産業への参入を狙っていた角川春樹はこのインパクトの強さを強調、自ら陣頭指揮をとって角川映画の柱とする。
結果、『犬神家の一族』を皮切りとした石坂浩二主演による映画化、古谷一行主演による毎日放送でのドラマ化により、推理小説ファン以外にも広く知られるようになる。作品のほとんどを文庫化した角川はブームに満足はせず、更なる横溝ワールドの発展を目指す。
七十の坂を越した横溝もその要請に応えて驚異的な仕事量をこなしていたとされるが、ただ、この後期の執筆活動により、中絶していた『仮面舞踏会』を完成させ、続いて短編を基にした『迷路荘の惨劇』、金田一耕助最後の事件『病院坂の首縊りの家』、エラリー・クイーンの「村物」に対抗した『悪霊島』と、七十代にして四冊の大長編を発表している。『仮面舞踏会』は、社会派の影響を受けてか抑制されたリアルなタッチ、続く二冊はブームの動向に応えて怪奇色を強調、『悪霊島』は若干の現代色も加えるなど晩年期ですら作風の変換に余念がなく、それだけにファンの評価もさまざまである。また小林信彦の『横溝正史読本』などのミステリー研究の対象となったのもブームとは無縁ではない。
1981年(昭和56年)12月28日、結腸ガンのため死去。

金田一耕助が登場する作品は、長短編併せて77作(中絶作品・ジュブナイル作品等を除く)が確認されている。探偵・金田一耕助は主に東京周辺を舞台とする事件と、作者の疎開先であった岡山など地方を舞台にした事件で活躍した。前者には戦後都会の退廃や倒錯的な性、後者には田舎の因習や血縁の因縁を軸としたものが多い。一般的には後者の作品群の方が評価が高いようである(前者は倶楽部雑誌と呼ばれる大衆誌に連載されたものが多く、発表誌の性格上どうしても扇情性が強調されがちである)。外見的には怪奇色が強いが、骨格としてはすべて論理とトリックを重んじた本格推理で、一部作品で装飾的に用いられるケースを除いて超常現象やオカルティズムは排されている。このような特徴は彼が敬愛する作家ディクスン・カーの影響であるとのこと。
一旦発表した作品を改稿して発表するケースも多かった。通常このような原型作品は忘れられるものであるが、『金田一耕助』シリーズについてはそれらの発掘・刊行も進んでおり、人気の高さが窺える。創作した探偵役は他に、由利麟太郎と三津木俊助、捕物帖には人形佐七、お役者文七を主役とするシリーズがある。
金田一もの以外で重要なのは、戦前に発表された「鬼火」「蔵の中」「かいやぐら物語」などの耽美的中短編、坂口安吾に世界的レベルの傑作と激賞された終戦直後の純謎解き長編「蝶々殺人事件」(探偵役は由利麟太郎)、「探偵小説」「かめれおん」ほか戦後初期短編など。また、昭和初期に書かれた、しゃれた中に一抹の哀愁を湛えた都会派コントの数々は、『新青年』編集長として昭和モダニズムの旗手であったこの人の一面をよく伝えている。ユーモアのセンスは後年の長編にも金田一のキャラクターをはじめ残されているが、戦後にも今日のバカミスの遠祖ともいうべき『びっくり箱殺人事件』という全編ドタバタに終始する異色長編がある。
1980年から角川書店の主催による長編推理小説新人賞、横溝正史ミステリ大賞が開始されている。
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2009年08月19日

『病院坂の首縊りの家』(☆☆☆☆:小説おすすめ度)

『病院坂の首縊りの家』(びょういんざかのくびくくりのいえ)は、推理小説家・横溝正史の執筆した長編推理小説。『野性時代』に1975年から1977年まで連載された。「金田一耕助最後の事件」として知られる。

<あらすじ>
昭和28年。港区高輪に所在する本條写真館の長男・直吉はある晩、女性から奇妙な結婚記念写真の出張撮影を依頼される。女性が自殺したという場所でもあったいわくつきの廃墟での撮影に不安を感じた直吉は金田一耕助に調査を依頼する。時を同じくして金田一は、その建物の所有者である法眼弥生から娘の由香利の行方を捜索して欲しいとの依頼を受ける。それから数日後、再び撮影の依頼を受け旧法眼邸を訪れた直吉は、そこで吊り下げられた男の生首を発見した。
その後事件は迷宮入りし、発生から20年後の昭和48年。金田一耕助は、警視庁を定年退職し秘密探偵事務所を開設した等々力大志の元を訪れる。事件に関連して本條直吉が何者かに命を狙われているという話があり、金田一は、等々力とともに直吉の身辺警護にあたるが、その矢先、直吉は殺されてしまう。
金田一耕助をもってしても解決までに20年を要した金田一最後の事件で、最後に金田一は全財産を寄付し、米国に姿を消す。この事件の解決をもって金田一は消息不明となる。

<感想>
金田一の最後の事件だけあって背景が深いので、特に等々力警部の関わっている事件を2、3点読んで関係を掴んでから読んだ方が楽しめると思います。この話は、一人の法眼弥生という女傑を中心に、金田一が彼女の一代人生の幕引き役を担った事件です。上巻では、彼女の家の成り立ちとその延長線上に第1次事件が発生し、しかしその事件が表面上は未決として(金田一の中では一つの結論を得ますが)法眼弥生の手によって打ち切られます。この時点では、金田一も彼女の手のひらの一つの駒に過ぎません。そして上巻の事件から20年が経ち、その上巻の事件を種に下巻の第2次事件が花開き、今度は金田一がすべてを手のひらに載せ、その幕引きをするという展開になってます。上巻は上巻で一つの事件を扱っていますが、下巻の事件との関係で明言を避けています。なので、読んでいてもどかしく、また金田一の行動に疑問を感じる場面もありますが、それは下巻で氷解して行きます。事件そのものについては、ここでも横溝正史の世界は健在で、期待を裏切りません。しかしその事件性以上に、ものの引き際というものを強く打ち出している物語だと思います。法眼弥生の引き際。等々力警部(第2の事件では引退していますが)の引き際。そして、金田一(または横溝正史)の引き際。物語の余韻が深く心に残る横溝正史晩年の名作だと私は思います。

〜『病院坂の首縊りの家』、横溝正史〜
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『悪魔の手毬唄』(☆☆☆:小説おすすめ度)

『悪魔の手毬唄』(あくまのてまりうた)は、推理作家・横溝正史が著した長編推理小説。

<あらすじ>
昭和30年7月下旬、金田一耕助は一ヶ月ばかり静養できる辺鄙な田舎を探して、岡山県警に磯川常次郎警部を訪ねた。磯川警部からもらった紹介状は、「鬼首(オニコベ)村 青池リカ殿」宛てとなっており、一緒に23年前の迷宮入り事件と、鬼首村出身でいまや舞台や映画で人気のアイドル、大空ゆかりの帰郷を聞かされた。
金田一耕助が、鬼首村の村はずれにある「亀の湯」に滞在して二週間ほど経った8月10日、仙人峠を越えたところにある総社に向かう途中、多々羅放庵の五番目の妻、おりんと名のる老婆とすれ違う。ところが、翌日旅籠「井筒」の女将によると、おりんさんは既に亡くなっているとのことであった。そこで、金田一耕助と井筒の女将がおりんの元夫である多々羅放庵の草庵を尋ねることになった。

<感想>
横溝正史の長編推理小説の中でも一、二を争う怖さです。昭和30年の事件と昭和6年の事件の二つの事件が描かれているのですが、ミステリーの構成上も両者には違いがあって面白いです。昭和6年の事件の方は、いわゆる顔のない死体です。大きなトリックが使われているので、その謎を解くおもしろさを満喫できます。一方、昭和30年の事件の方は、エラリー・クイーン的というか、ロジック(=論理)の面白さを追求しています。つまり、ある事象からAだからB、BだからCというように論理的に推理を進めていく面白さを満喫できるのです。「なぜ〜は○○したのか」とか「○○が○○したから〜ということがわかり、犯人は△△だ」とかね。横溝正史は、その辺を意識して本作を書いたように思います。

〜『悪魔の手毬唄』、横溝正史〜
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『悪魔が来りて笛を吹く』(☆☆☆:小説おすすめ度)

『悪魔が来りて笛を吹く』(あくまがきたりてふえをふく)は、推理作家横溝正史が著した長編推理小説。大戦後の混乱と貴族没落、インモラルな性描写を濃厚に示す作品である。帝銀事件や斜陽などの要素を取り込み横溝が得意とした田舎の因習とはまた異なった陰惨さや本格推理小説の定番「密室殺人」を扱い、他作品とは異なった雰囲気をかもし出し作者の人気作品のひとつとなっている。

<あらすじ>
昭和22年(1947年)9月28日、金田一耕助の元を訪れたのは、この春、世間をにぎわした天銀堂事件の容疑を受け失踪し、4月14日、信州・霧ヶ峰でその遺体が発見された椿英輔・元子爵の娘、美禰子だった。
「父はこれ以上の屈辱、不名誉に耐えていくことは出来ないのだ。由緒ある椿の家名も、これが暴露されると、泥沼のなかへ落ちてしまう。ああ、悪魔が来りて笛を吹く」
父が残した遺書を持参した美禰子は、母・秋子が父らしい人物を目撃したと怯えていることから、父が本当に生きているのかどうか、明晩、砂占いを行うことになったことを説明した後、金田一耕助にその砂占いへの同席を依頼する。そしてその砂占いの後、椿邸に居候している玉虫公丸・元伯爵が何者かによって殺されてしまう。

<感想>
『獄門島』をクローズドな空間を舞台にした端正なパズラー(静)とすると、本書は東京⇔関西と金田一耕助が捜査のために移動する、トラベルミステリー(動)の色合いの強い作品です。降霊術、密室、集団毒殺(帝銀事件がモチーフ)、亡霊など、ディクスン・カー(カーター・ディクスン)ばりの趣向が凝らされていて、その趣味の人にはたまらない一冊と言えます。この作品の一番の謎は「椿男爵と思われる人物の正体」にあり、集団毒殺事件に関する伏線の張り方はさすが横溝正史。本格推理としては物足りないかもしれませんが、没落貴族の悲劇を描くなど、風俗作家としての技量がいかんなく発揮されていると思いました。

〜『悪魔が来りて笛を吹く』、横溝正史〜
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2009年08月18日

『獄門島』(☆☆☆☆:小説おすすめ度)

『獄門島』(ごくもんとう)は、横溝正史の長編推理小説。

<あらすじ>
終戦から1年経った昭和21年9月下旬。金田一耕助は、引き揚げ船内で死んだ戦友・鬼頭千万太(きとう ちまた)の手紙を届けるため、千万太の故郷・獄門島へと向かった。瀬戸内海に浮かぶ獄門島は封建的な古い因習の残る孤島で、島の漁師たちの元締めである鬼頭家の本家・本鬼頭と分家・分鬼頭が対立していた。金田一には、彼が息絶える前に残したある言葉が気に掛かって仕方がなかった。
「俺が生きて帰らなければ、3人の妹達が殺される」
金田一が島を訪れたその日を境に、その島で凄惨な連続殺人事件が次々と巻き起こり始める。

<感想>
『獄門島』が今もなお傑作であり続けるのには2つの理由があります。ひとつは、終戦直後の日本でしか描きえなかった時代背景です。戦争のため供出され、獄門島という瀬戸内海の島に戻ってくる寺の鐘はその象徴と言えますし、そこには個人の思惑を超えた「運命」があります。ふたつめは、青年の初々しさを残す金田一耕助をはじめとする人物造形です。のちの作品に登場する金田一は洒脱さも兼ね備えており、それはそれで味があるのですが、本書の金田一からは青年ならではの真っ直ぐな視線と優しさを感じる。事件は陰惨ですが、読後は薄闇から光が射したような爽やかさがあります。過剰な感情や情報を押しつけられる(ように感じる)小説が多い中、この作品を何度も読み返してしまうのは、そのミニマムな魅力にあるのかもしれません。原点に帰りたい時に読む一冊です。

〜『獄門島』、横溝正史〜
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『本陣殺人事件』(☆☆☆:小説おすすめ度)

『本陣殺人事件』(ほんじんさつじんじけん)は、横溝正史が著した長編推理小説で、金田一耕助シリーズの第1作である。1946年4月から同年12月まで「宝石」誌上に連載された。横溝は本作で1948年第1回探偵作家クラブ賞を受賞した。

<あらすじ>
昭和12年(1937年)11月25日、岡山県の旧本陣の末裔・一柳家の屋敷では、長男・賢蔵と久保克子の結婚式が執り行われていた。式には一柳家から賢蔵の母・糸子、三男・三郎、次女・鈴子、分家・良介と久保家から克子の義父・銀造が顔を揃えていた。式は、鈴子が琴を披露するなどして、何事もなく終了した。
その夜遅く、屋敷内に只ならぬ悲鳴と、激しい琴の音が響き渡った。銀造らが夫婦の寝室である離れへ駆けつけると、夫婦が布団の上で血塗れになって斃れていた。庭の中央には血に染まった日本刀が突き刺さっており、周囲には足跡一つ残っていなかった。周りに降り積もった雪のために、離れは完璧な密室状態と化していた。

<感想>
大掛かりで複雑な機械トリックが特徴の本作。普段ミステリー小説を読まない人が、本作を読めば、犯人のあまりに旧弊な犯行動機も含め、「なんでわざわざ、そんなことすんの?」と思うのではないでしょうか。しかし、ミステリー小説的にみれば、純日本家屋の中で、あくまで「和」の道具立て(琴、日本刀、鎌など)によって密室を構成してみせた本作の歴史的意義は大きいです。そして、そうした日本的なモノがそれぞれに帯びる象徴性が捨象され、単純な機能に解体されることによってトリックとして再構成されるメカニズムこそ、ミステリー小説の勘所です。横溝正史作品と言えばつい、おどろおどろしさや猟奇性ばかりをイメージしますが、あくまでそれは演出の一面にすぎず、伝統的な和の意匠が、ことごとく抽象的なロジックへと還元されていくギャップや異化効果にこそ、その真骨頂があると言えます。

〜『本陣殺人事件』、横溝正史〜
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『女王蜂』(☆☆☆:小説おすすめ度)

『女王蜂』(じょおうばち)は、推理作家・横溝正史が著した長編推理小説。

<あらすじ>
「彼女は女王蜂である。慕いよる男どもをかたっぱしから死にいたらしめる運命にある」
昭和26年。大道寺智子は、義父・大道寺欣造の住む東京の屋敷に引き取られることになっていた。その欣造宛てに奇妙な手紙が届き、義娘・智子を呼び寄せてはいけないと警告していた。手紙は月琴島で19年前に起こった惨劇にも触れ、「あれは果たして過失であったか」と疑問を投げかける。不安を感じた欣造は金田一耕助に調査を依頼。金田一は智子の後見人として月琴島に渡り、智子の東京行きに同行することになる。
一方、智子は、東京行きの直前のある日、椿の根元から開かずの間の鍵を見つけ出した。好奇心に駆られた彼女が、開かずの間の中で見たものは、血のついた月琴であった。

<感想>
横溝正史の作品は、「推理(探偵)小説」としてだけではなく、「小説」としても独自の世界(それは耽美的であったり、伝奇的であったり、グロテスクであったり、ユーモアだったり、登場人物の魅力だったりと様々ですが)を持つ優れたものです。だから、今の時代も読み継がれているし、繰り返し映像化もされているのでしょう。私は「推理小説」と同じくらい「小説」としての横溝作品のファンです。この作品は横溝正史の代表作のひとつ。登場人物も派手ですし、ヒロインへの求婚者が次々と殺されていくという展開にも花があります。いくつもの謎が絡み合ったプロットも良く出来ており、優れた作品であることは間違いないです。ただ、トリックはいまいち。いくか使われているのですが、どれもパッとしません。がっくりと脱力してしまうようなものも。瀬戸内海ではないですが、島が主要な舞台となっていて、恐ろしさが良く出ています。

〜『女王蜂』、横溝正史〜
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2009年08月17日

『犬神家の一族』(☆☆☆☆:小説おすすめ度)

『犬神家の一族』(いぬがみけのいちぞく)は、推理小説家・横溝正史の執筆した長編推理小説。大衆誌『キング』に連載されたこともあり、当初は通俗長編として専門家の評価は低かったが(権田萬治『日本探偵作家論』など)一般人気は高く、たびたびの映像化により横溝作品でもトップクラスの知名度を誇る。また、従来欠点とされていた、犯人とトリック全体の関連性なども、むしろ時代の先取りとして評価する声(田中潤司ら)も少なくない。

<あらすじ>
昭和2×年2月、那須湖畔の本宅で信州財界の大物・犬神佐兵衛が莫大な遺産を残してこの世を去った。佐兵衛は生涯に渡って正妻を持たず、それぞれ母親の違う娘が3人いたが、彼女たちは皆、遺言状のことばかりを気にしていた。唯一、佐兵衛の死を悼んでいたのは、彼の恩人野々宮大弐の孫娘で佐兵衛も可愛がっていた珠世であった。
同年10月、金田一耕助は、犬神家の本宅のある那須湖畔を訪れた。犬神家の顧問弁護士を務める古舘恭三の助手・若林豊一郎から「近頃、犬神家に容易ならざる事態が起こりそうなので調査して欲しい」との手紙を受け取ったためであった。どうやら若林は佐兵衛の遺言状を盗み見てしまったらしい。しかし耕助と会う直前、若林は何者かによって毒殺されてしまう。
そんな中、佐兵衛の遺言状は古舘弁護士によって耕助の立ち会いのもと公開されるが、その内容は
「相続権を示す犬神家の家宝“斧・琴・菊”の三つを野々宮珠世に与え、遺産は珠世が佐清、佐武、佐智の3人の中から婿に選んだ者に与える」
という相続争いに拍車をかけるようなものであった。3姉妹の仲は険悪となり、やがて佐武が惨殺され、直前に佐武と会っていた珠世に容疑が向けられることとなる。

<感想>
横溝正史の推理小説の中で最も完成度が高いものの一つです。映画化、ドラマ化も数多くされているので知名度も抜群。ストーリーもそれほど複雑ではなく読みやすいので、金田一耕助ものの入門として最適。ただし、有名な湖から生えている足のシーンなど血みどろのシーンが頻発するので、その手の描写が苦手な人は避けた方がよいかも。かなりグロテスクです。この作品に限った話ではないですが、映像で見るのと原作で読むのとではかなり印象が異なりますので、映画を見た人でも十分に楽しめると思います。

〜『犬神家の一族』、横溝正史〜
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『八つ墓村』(☆☆☆☆:小説おすすめ度)

『八つ墓村』(やつはかむら)は、横溝正史著による長編推理小説。『本陣殺人事件』(1946年)、『獄門島』(1947年)、『夜歩く』(1948年)に続く名探偵金田一耕助シリーズの第4作。小説『八つ墓村』は、1949年3月から1950年3月までの1年間、雑誌『新青年』で連載、同誌休刊を経て、1950年11月から1951年1月まで雑誌『宝石』で『八つ墓村 続編』として連載された。1952年に「第5回探偵作家クラブ賞」候補にノミネートされる。作者は、戦時下に疎開した岡山県での風土体験を元に、同県を舞台にした幾つかの作品を発表しており、研究者の間で「岡山編」と呼ばれることもある。本作は『獄門島』や『本陣殺人事件』と並び賞される「岡山編」の代表作である。また、山村の因習や祟りなどの要素を含んだスタイルは、後世のミステリー作品に多大な影響を与えた。

<あらすじ>
戦国時代(永禄9年=1566年)のとある小村に、尼子氏の家臣だった8人の落武者たちが財宝とともに逃げ延びてくる。最初は歓迎していた村人たちだったが、財宝と褒賞に目が眩らみ、武者達を皆殺しにしてしまう。今際の際に、武者大将は「この村を呪ってやる! 末代までも祟ってやる!」と呪詛の言葉を残す。その後、村では奇妙な出来事が相次ぎ、祟りを恐れた村人たちは野ざらしになっていた武者達の遺体を手厚く葬るとともに村の守り神とした。これが「八つ墓明神」となり、いつの頃からか村は「八つ墓村」と呼ばれるようになった。
大正時代、村の旧家「田治見家」の当主・要蔵が発狂し、村人32人を惨殺するという事件が起こる。要蔵は、その昔、落ち武者達を皆殺しにした際の首謀者・田治見庄左衛門の子孫であった。
そして二十数年後の昭和23年、またもやこの村で謎の連続殺人事件が発生することとなる。

<感想>
あまりにも有名で、以前ドラマ化された物を拝見していて、なんとなく物語を分かっていた気がして今まで読まなかったのですが、今回、読んでみて小説の方が数段上と気がつかされました。私と同じ理由で読まれていない方がいらしたらぜひ読んで見て欲しいと思います。物語のスケールの大きさ、設定の面白さ。主人公の心理の描写の細かさ。大正・昭和初期にかけて、まだ自分の親すら生まれていない世代の私ですが、まるでその場に居合わせたように感じれました。読書の楽しみ方を教えてもらいました。読後の感想は「愛は恐い」でした。

〜『八つ墓村』、横溝正史〜
posted by 推理小説家 at 08:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 横溝正史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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