2010年01月16日

京極夏彦

京極夏彦

京極夏彦(きょうごくなつひこ、1963年3月26日- )は、日本の小説家、妖怪研究家、アートディレクター。世界妖怪協会・世界妖怪会議評議員(肝煎)、関東水木会会員、東アジア恠異学会会員。「怪談之怪」発起人の一人。北海道小樽市出身。北海道倶知安高等学校卒業、専修学校桑沢デザイン研究所中退。代表作に、『百鬼夜行シリーズ』、『巷説百物語』シリーズなど。。株式会社大沢オフィス所属。

桑沢デザイン研究所を経て広告代理店に勤務、その後独立しデザイン会社を設立。1994年、講談社に投稿した『姑獲鳥の夏』でデビュー。この作品は仕事の合間に書かれたもので、小説の執筆は京極にとって初めてのこと(ただし漫画の執筆経験はある)。原稿枚数が新人賞の規定を越えていたため、手元にあった講談社ノベルス版『匣の中の失楽』の奥付を見て、投稿先を決めたという。原稿を読んだ編集者・唐木厚により、すぐに講談社ノベルスとしての発売が決定する。無名の新人であっただけに衝撃は大きく、これを機にメフィスト賞が創設された。そのため、しばしば「第0回メフィスト賞受賞者」と称される。本人曰く、暇つぶしに書いた原稿であり、作品の構想は10年前に考えた漫画のネタという。
『巷説百物語』は、テレビドラマ版やテレビアニメ版が作られているが、そのアニメ版では声優として「京極亭」を演じた。また、すでに『ゲゲゲの鬼太郎』第4作101話で脚本および自身をモデルにしたゲストキャラ「一刻堂」のキャラクターデザインと声の出演を担当した。
『嗤う伊右衛門』は演出家・蜷川幸雄により映画化(唐沢寿明、小雪主演)、第16回東京国際映画祭に特別招待作品部門で出品される。
また2005年7月、京極のデビュー作を原作とした映画『姑獲鳥の夏』が公開された。本人も傷痍軍人(水木しげる)役として出演している。

デビュー作以来続く、京極の代表作と言える百鬼夜行シリーズには、憑物落し(つきものおとし)と同時に推理する、新しいスタイルの探偵が出てくる。装飾部分やサブストーリーに様々な伝承、オカルティズムをふんだんに用いながらも骨格は論理的な謎解きに徹しているため、狭義の推理小説の王道を歩むと同時に、作者いわくの「妖怪小説」とも呼び得るという、特異なシリーズとなっている。
百鬼夜行シリーズは、極めてページ数が多いのも特徴で『鉄鼠の檻(てっそのおり)』で826ページ、『絡新婦の理(じょろうぐものことわり)』で829ページ、『塗仏の宴 宴の支度』『塗仏の宴 宴の始末』で上下巻に分けて1248ページという厚さに達している(以上、全て講談社ノベルス版の数字)。そのため、百鬼夜行シリーズ作品は「レンガ本」「サイコロ本」とも呼ばれており、合作の経験がある漫画家とり・みきには、漫画中の登場人物が京極の本をアコーディオンのように持つと言うパロディをされている。
また、作家デビューする以前からデザイナー・装幀家としての顔も持っており、綾辻行人の『眼球綺譚』や『フリークス』などではカバーデザインを担当している。
作品の見せ方についても、一つの文がページをまたがることのないように、ページ・見開きの末文で改行するよう構成する(文庫化などで字数が変わるとそれに合わせて適宜改行位置を操作する)など、独特のルールを遵守している。デザイナーの血がそうさせるのだとも言われるが、それは読者がページを開いたときの第一印象まで、作家の主体的な制御下に置こうという試みといえる。そのこだわりは、みずからDTPソフトAdobe InDesignを駆使して、全ページのレイアウトをこなして印刷所に入稿するレベルにまで至っているが、本人は、「小説」と言う商品をよくしようと言う企業努力で、個人的なこだわりではないと語っている。
京極の作品は様々な時系列のものがあるが、発表された全ての作品は互いに他の京極作品・シリーズとどこかしらリンクしている(登場人物、作中事件等)。
posted by 推理小説家 at 12:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 京極夏彦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月29日

『姑獲鳥の夏』(☆☆☆☆:小説おすすめ度)

『姑獲鳥の夏』(うぶめのなつ)は、講談社から刊行されている京極夏彦の長編推理小説。「百鬼夜行シリーズ」の第一弾である。京極夏彦が本作を講談社に持ち込みをしたことでメフィスト賞創設のきっかけとなったデビュー作品である。

<あらすじ>
梅雨も明けようという夏のある日、関口巽は、古くからの友人である中禅寺秋彦の家を訪ねるべく眩暈坂を登っていた。中禅寺は古本屋「京極堂」の主人であるが、家業は宮司であり、さらに副業として「憑物落とし」も行う。人間の心の奥に潜む負の感情に妖怪の名前を付け、自慢の長広舌で以ってそれを言葉巧みに祓うのである。関口は最近耳にした久遠寺家にまつわる奇怪な噂について、そのような京極堂ならば或いは真相を解き明かすことができるのではないかと考えていた。関口は「二十箇月もの間子供を身籠っていることができると思うか」と切り出す。京極堂は驚く様子もなく、「この世には不思議なことなど何もないのだよ」と返す。その後、妊婦の消えた夫や代々伝わる久遠寺家の「憑物筋の呪い」について、人の記憶を視ることができる超能力探偵・榎木津礼二郎や京極堂の妹である編集記者・中禅寺敦子、東京警視庁の刑事・木場修太郎らを巻き込みながら、事態は展開していく。さらに、この事件は、持ち出した関口自身の過去とも深く関係していた。

<感想>
私はとてもクレバーな構造を持った小説だと思いました。まず、認識論についての長い議論という先制パンチがあって、その後その理論をベースに謎解きが進んで行きます。つまり筆者が始めに、こうやって謎解きしますよ、と読者に教え、それから実際に謎を解いてみせるわけです。手の内をまず最初に明かすことを厭わない、というより敢えてやっているところに京極氏の自信の深さが窺えます。でもそれに見合う濃い内容のミステリー小説でした。600ページ以上あり、またエンジンがかかるまでの助走がやや長めですが、一旦動き出すと一気に読めてしまいます。ミステリー小説が好きでない人にもお勧めの一冊です。

〜『姑獲鳥の夏』、京極夏彦〜
posted by 推理小説家 at 12:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 京極夏彦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
相互リンク募集中です。こちらのトップページhttp://mainichigashiawase.seesaa.net/へリンクを張った後にコメント(リンクが張られていることが確認できるURLを記載して下さい)を頂ければ、直ちに相互リンクさせて頂きます。