2010年01月22日

アーサー・コナン・ドイル

アーサー・コナン・ドイル

アーサー・コナン・ドイル(Arthur Conan Doyle KBE、本名:Arthur Ignatius Conan Doyle、1859年5月22日 - 1930年7月7日)はイギリス・スコットランドのエディンバラ生まれの小説家で、推理小説や歴史小説を多く著したほか、SFや戯作など、多岐にわたる活躍を示した。

『シャーロック・ホームズ』シリーズに登場する史上最高の名探偵シャーロック・ホームズを生み出した事で知られ、エドガー・アラン・ポーとともに現代の推理小説の生みの親とされている。
現実社会でもジョージ・エダルジ事件、オスカー・スレイター事件で被疑者の無実を主張し、冤罪を晴らすために力を尽くした。また、冤罪を防ぐために刑事事件の控訴院を設立することに尽力した。
SF分野では『失われた世界』、『毒ガス帯』などチャレンジャー教授が活躍する作品群を、また歴史小説でも『白衣の騎士団』、『勇将ジェラールの回想』などを著している。

1859年、スコットランドの首都・エディンバラ市で、イングランド生まれの役人の父とアイルランド人の母の間に生まれた。父方の祖父・ジョン(John Doyle)はダブリンで生まれロンドンに出て"H.B."の筆名で著名な風刺画家となり、伯父のリチャード・ドイル(Richard Doyle)はイラストレーターで、ドイル家はアイルランド系で芸術の職につくものが多かった。イエズス会系のインデペンデント・スクールであるストーニーハースト校(Stonyhurst College)に学んだが、学校を離れた1875年にキリスト教を拒絶して不可知論者となった。その後1876年から1881年にかけてエディンバラ大学で医学を学んだ。この時アストン(Aston:現在はバーミンガムの一地域となっている)の町で外科医師の助手として働いている。この頃古典文学の廉価版の古本やエミール・ガボリヨ、エドガー・アラン・ポーの作品を愛読した。父親がアルコール依存症により精神病院に入院したため、在学中に北氷洋行きの捕鯨船に船医として8箇月程乗り込み、弟妹の多い一家の家計を支えた。級友より数箇月遅れて22歳で大学を卒業した後はアフリカ航路の荷物汽船の船医として3箇月程働く。山師の気を持つ級友とプリマスで診療所を共同経営したが喧嘩別れした。その後1882年にポーツマス市のサウスシー(Southsea)地区に眼科を専門とする診療所を開いた。彼の診察所は振るわず、患者を待つ間に小説を書き三文雑誌へ送ったが、その度に返却され終いには切手代すらも怪しくなった。 なお「そのころ、現在FAプレミアリーグに属しているポーツマスFCの創設時に同チームに所属しており、初代ゴールキーパーを務めていた」と広く信じられているが、実際に所属していたのはポーツマスFCとは別のポーツマスAFCというクラブで、このクラブはポーツマスFCが結成される4年前に解散している。
1884年、『J・ハバクック・ジェフソンの証言』(J.Habakuk Jephson's Statement)という1872年のメアリー・セレスト号(Mary Celeste)乗組員失踪事件に基づいたフィクションであるマリー・セレスト号(Marie Celeste)事件についての短編小説が『コーンヒル・マガジン』(Corn-hill Magazine)1月号に匿名で投稿掲載され評判になる(この小説のためメアリー・セレスト号失踪事件がマリー・セレスト号と誤った名称のまま有名となる)。
1885年、彼は患者の姉であったルイーズ・ホーキンズと結婚した。彼女は結核のために1906年に死去した。彼はその後1897年の出会いのときに一目ぼれをしたものの、妻を気遣って精神的なかかわりをもち続けていたジーン・リッキーと1907年に結婚した。
1887年のクリスマス、彼の最初のシャーロック・ホームズシリーズである『緋色の研究』が『ビートンクリスマス年鑑』にシャーロック・ホームズの登場として発表された。あちこちの出版社から断られ続けた挙句ワード・ロック社と25ポンドで著作権買取という条件にて世に出た作品である。発表後はしばらく売れずドイルはもうホームズ物は書くまいと考えていたが、アメリカの雑誌リピンコット・マガジンからの依頼を受けて書いた『四つの署名』がリピンコット・マガジン1890年2月号に掲載されるとホームズは莫大な人気を博した。だが、ドイル自身は自らの歴史小説やSF物のほうに価値を感じ、シャーロック・ホームズシリーズを快くは思っていなかった。『白衣の騎士団』のような中世の騎士道を描きたかったといわれる。
1890年、ドイルはウィーンで眼球の研究をし、翌1891年にロンドンへ移り、眼科専門医として診療所を開いたが、患者が訪れない暇を執筆時間に充てた。ドイルは医者を止めて作家として暮らしを立てていくことを決心したが、作者が望む以上のホームズ人気の高まりに、同年11月の母親への手紙で「僕はホームズの殺害を考えている……そして彼を永久に消してしまいたい。ホームズは僕の心をよりよいものから取り払ってしまった」と書いた。1893年に「悪の組織の首魁」として登場させたジェームズ・モリアーティ(モリアーティ教授)と共に『最後の事件』でスイスのライヘンバッハの滝壷へとホームズを突き落としてしまった。しかし読者はシャーロック・ホームズの復活を声高に要求した。「ホームズの死」を悼んでこれ見よがしに喪章を着けて外出する熱狂的読者もいたという。これに押された作者ドイルはホームズが日本の「バリツ」という武術を用いてモリアーティを滝壷へ突き落とし、自身はモリアーティの手先から逃れるために身を隠し、辛くも助かったことにして復活させた(『空家の冒険』冒頭部)。モリアーティは母親メアリのスペルをもじったもので、ドイルが母親のことを快く思っていなかったことの表れとも言われている。
シャーロック・ホームズは結局、56の短編と4つの長編に登場した。最終作『最後の挨拶』で引退した事になっている。ドイルを最も有名たらしめたシャーロック・ホームズシリーズではあるが、その甚大な人気のゆえに実際の事件が作者ドイルのもとへ持ち込まれたり、時にはドイル自身が名探偵と思い込まれることもあり、随分閉口させられたようである。またある日、ビリヤードにドイルが遊びに行った際、謎の客からキューを贈られ、それを使用しているうちにキューが壊れ、中空になっていたキューの中から「アルセーヌ・ルパンからシャーロック・ホームズへ」と書いた紙が出てくるという手の込んだイタズラがあったという。なお、ホームズシリーズには多くの矛盾が存在することも知られ、大部分はストランド・マガジン誌上で発表されているが、ドイルはそれらに気付いていながらも敢えて書き直しをすることはせずに、読者にその穴を探させたりするという方針を採っていた。
19世紀と20世紀の世紀転換点の時期に南アフリカで起こり、世界中からイギリスによる露骨な帝国主義的行動に非難が集中したボーア戦争に従軍し、『南アでの戦争:原因と行為』と題された小冊子を執筆した。この冊子は他国でも広く翻訳出版されることとなった。この冊子の功績により、1902年にイングランド南部のサリー副知事に任命され、また同年ナイト爵に叙せられた。したがって「サー」の称号はシャーロック・ホームズシリーズの功績とは無関係である。20世紀初頭に、彼はエディンバラとボーダー・バラズの議員にそれぞれ立候補した。かなりの票を得たが、いずれも落選した。
1903年、『勇将ジェラールの冒険』(Adventures of Gerard)を執筆。1912年、『失われた世界』(The Lost World)というチャレンジャー教授、ロクストン卿、マローン記者らが猿人、恐竜と遭遇する小説を執筆。後に同一登場人物シリーズで『毒ガス帯』、『霧の国』を出版。
晩年は、第一次世界大戦での息子キングスリーの死もあってか、心霊学に傾倒し英国心霊現象研究協会会員となるが、科学的すぎるとして脱退。交霊会や心霊学の講演、それに関する執筆などを行ない、「心霊主義の聖パウロ」の異名を取った。そして、コティングリー妖精事件において大失態を演じてしまった。
1948年、短編の遺稿が発表された。
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2009年10月10日

『緋色の研究』(☆☆☆☆:小説おすすめ度)

『緋色の研究』(ひいろのけんきゅう、A Study in Scarlet)は、アーサー・コナン・ドイルによる長編小説。シャーロック・ホームズシリーズの最初の作品で、1886年に執筆され、翌1887年に発表された。ホームズとワトスンの出会いと、その後起こる殺人事件を描く。事件の捜査が行われる第1部「医学博士、元陸軍軍医ジョン・H・ワトスンの回想録の翻刻」と、犯行に至った歴史が導かれる第2部(無題)の2部構成を採る。

<あらすじ>
[第1部]第1部はワトスンの回想の形で始まる。
医学博士ジョン・H・ワトスンはイギリス軍の軍医としてアフガニスタンの戦場に赴くが、左肩に重傷を負い(後の作品では負傷したのは脚となっており、ホームズシリーズの謎の一つ)、イギリスに送還された。為す事もなく過ごしていると、かつて助手をしていた男からシャーロック・ホームズという特異な人物を紹介され、ベーカー街221Bで共同生活を開始する。初対面にもかかわらず、ワトスンが負傷してアフガニスタンから帰ってきたことや、見も知らぬ男の前歴を言い当てたホームズの観察力と推理力は、ワトスンを驚かせる。
共同生活を始めて間もなく、ホームズの元にスコットランド・ヤードのグレグスン刑事から殺人事件が発生したとの手紙が届き、ホームズはワトスンを連れて現場に向かう。グレグスンとレストレイド刑事は難事件にお手上げの様子である。殺されていたのは立派な服装の中年男で、イーノック・ドレッバーの名刺を持っており、壁には「RACHE」(ラッヘ:ドイツ語で復讐の意)と血で書かれた文字があって、女の結婚指輪が落ちていた。
ホームズは綿密な現場検証をして、被害者が毒殺されたことや犯人の人相・特徴を推理し、第一発見者の巡査に事情聴取をしたりと、次々に捜査を進めた上、新聞に結婚指輪の拾得記事を出す。指輪を使って犯人をおびき出そうというのだ。予想通り指輪の受取人が来るが、ホームズが推理した赤ら顔の大男ではなく、老婆であった。しかもその老婆を尾行したホームズは見事に巻かれてしまう。
一方グレグスンは、ついに犯人を逮捕したと得意満面であった。彼が捕らえたのは、ドレッバーが秘書のスタンガスンと共に下宿していた家の女主人の息子である海軍将校だった。事件前日、ドレッバーがそこを引き払う際にその家の娘を無理やり連れ出そうとし、兄であった海軍将校に叩き出された事実があったのだ。それが犯行の動機だとグレグスンはホームズに言うが、続いてやって来たレストレイドが、秘書のスタンガスンが宿泊先のホテルで刺殺死体で発見されたと伝える。
ホームズは、準備万端整えた上で辻馬車を呼ぶ。何事かといぶかしむワトスン、グレグスン、レストレイドの前で、入ってきた馭者にあっという間に手錠をかけ、目を輝かせてこう叫んだ、「諸君! イーノック・ドレッバーおよびジョゼフ・スタンガスン殺害の犯人、ジェファースン・ポープ氏を紹介しましょう!」と。
[第2部]第2部は、一転してこの事件の裏に潜む過去の深い因縁が語られる。
北アメリカ内陸部の砂漠。ジョン・フェリアと孤児のルーシーは迷って死に掛けたところを、ブリガム・ヤングに率いられた移動中のモルモン教徒の集団モルモン開拓者に救われる。彼らはソルトレイクシティ(末日聖徒イエス・キリスト教会本部)を建設し、ジョン・フェリアは郊外で一生懸命働き、やがて屈指の富豪になった。また彼はルーシーを養女にして実の娘のようにかわいがった。成長したルーシーは、並ぶ者の無い美しい少女となったのである。
ある日ルーシーは、旅の青年ジェファースン・ホープと出会い、彼の実直さと強さに引かれた。ホープも彼女に好意を持った。父ジョンは2人の結婚を認めた。ところが、一時ホープが町を去った時、モルモン教の指導者ブリガム・ヤングはルーシーに青年ドレッバーかスタンガスンとの結婚を命令した。指導者に背けば命は無い。ジョンは町からの脱走を決意し、ホープを呼び戻す。土地勘のあるホープに導かれ、人跡未踏の荒野を踏破する。ここまで来れば安心と、つい気を抜いたホープの裏をかくようにドレッバーとスタンガスンの一隊が襲い、ジョンを殺害、ルーシーを奪って去った。彼女はドレッバーと結婚させられるが、意に沿わぬ結婚に程なく病死、葬儀の場に飛び込んだホープは彼女の指から結婚指輪を抜き取って去る。
以後、ドレッバーとスタンガスンは執拗に命を狙われる。彼らはソルトレイクシティを離れ、アメリカ国内からヨーロッパを転々としてホープの追跡から逃れる。しかしホープも超人的な執念で彼らを追った。年月がたち、彼らはロンドンに来る。そこでついに件の殺人事件に至ったのであった。下宿を追い出されたドレッバーは辻馬車を拾う。この馬車こそ、ホープが2人を追うために馭していたものだった。ホープはドレッバーを空き家に連れ込み、毒薬の決闘を挑む。彼は自分の復讐を神の手にゆだねたのだ。毒入りとそうでない丸薬を用意し、両者で同時に飲み込み、毒入りに当った方が死ぬという方法である。そしてホープが勝った。結婚指輪はその時落としたのである。スタンガスンにも同じ方法を挑んだが、彼はいきなり襲いかかって来たため、やむなく刺殺したのだった。
取り押さえられたホープはおとなしく縛につき、スコットランド・ヤードに連行され、以上のようないきさつをホームズ、ワトスン、刑事たちに語った。そして、長い追跡のため無理を続けて体を壊していたホープは、起訴を待たずして獄死した。ホープを犯人と見破ったホームズの慧眼にワトスンは敬服し、しかし手柄をグレグスンとレストレイドに横取りされても何も言わない彼を見て、自分がホームズの活躍を記録して世に出そうと決心する(ワトスンの台詞で物語が締めくくられる正典は本作のみである)。

<感想>
ミステリー小説という点で見ると、やはり古臭くてある程度予想がついてしまう部分もあるかもしれません。しかし、ホームズやワトソンなどの登場人物が、知らない人が読むと意外なほどにクセのあるキャラクターだと思うし、その会話のやり取りや展開だけで私はかなり楽しめました。探偵小説の古典として、またひとつの物語として1度は読んでみてもいいと思います。当時の世界情勢・生活文化なども知ることが出来るし、ホームズの言動には笑える部分も多く、なんか半分コメディです。

〜『緋色の研究』、アーサー・コナン・ドイル〜
posted by 推理小説家 at 20:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | アーサー・コナン・ドイル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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